ニセコ号後方展望席乗車記録~ぴかーんと輝く羊蹄山


 毎年九月に運転されるニセコ号。札幌と函館を山線経由で結びます。少し古い車両が使用され懐古主義的な鉄道ファンに注目されるこの列車、今年は183系ノースレインボーが充当されました。先日引退が発表された車両です。バブル期に製造されたリゾート列車の最期の生き残りです。最前列、最後列は運転席の後ろから展望が利く造りになっています。当然ながら人気の席で発売と同時に売り切れるのは当たり前の席。一か月前の十時に駅に通いました。運転初日の分は最前列をお願いしていたのですが取れそうにありません。よくよく思い返してみたら真昼間に南に向かう列車、つまり太陽に向かって走る訳です。眩しいじゃないかと言う乗り鉄の勘が疼いてきました。そこで後方展望狙いに作戦変更。何日か挑戦して無事確保。8月10日の十時打ち、野獣の日の獣時打ちで仕留めました。

 他の座席はどれくらいの人気かと言うと十時打ちで敗れた時他の席には余裕がありました。然し半月後くらいに見て見るとほぼ満席。油断してました。結局帰りの指定券は通路を隔てた席しか取れませんでした。
 更に自由席まで人が押し寄せているという情報も入ってきます。札幌駅での並び列が凄い事になっている様子はTwitterで度々流されてきました。繁忙期の特急北海の再現でしょうか?そんな感じだし帰りはのんびりヨンマル旅とか281系乗り納めが良いとの結論に達しました。

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さて乗車当日。同行者も私も寝坊の常習犯なのでちゃんと乗れるか心配でしたが問題無かったです。指定席もあるし駅での撮影もままならないだろうから入線時刻くらいにホームへ。自由席の列は情報通りで撮影班も多数集結。そんな中耳みたいなライトが見えてきて堂々の入線。特に大きな混乱は無かったです。

 一か月待ち侘びた展望席の光景は素敵な眺めでした。よくよく見ると紫外線カットフィルムみたいなのが貼ってあります。雪の時期は眩しいですから北海道ならではの対策でしょうか?

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 列車は函館線を小樽方面へと走ります。この区間は複線電化で札幌と小樽を結ぶ都市間連絡の機能もあります。昨日写真を撮っていたのですが列車の本数の多さにメモリーカードの容量をかなり消費してしまいました。何本も擦れ違うので迫力ある眺めです。この区間は西に向かって進みます。直前まで失念していたのですが太陽を眺める事になるではないですか!だけどフィルムがあったお陰で眩しいとかそういうのは無かったです。張碓の海からやって来る紫外線はほぼカットです。

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 列車は小樽駅の大正ロマン溢れるホームを後にして非電化区間へ。架線が途切れる瞬間は冒険の始まりのようです。と言いつつ車内でのんびり吞んでます。ここぞとばかり留萌線末端部(増毛線)廃線の時に販売されていた国稀のお酒とカシオペアのメゾネットスイート乗車時に呑みきれずに持ち帰ったウイスキーで乾杯。国稀は劣化が心配でしたがなんのその甘ったるく芳醇な味わいになっていました。ロックが似合います。ウィスキーもロックで。気分はかつて存在した寝台列車の展望席さながら。

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 山線の通称はその名に恥じない山岳路線。緑の中を一本の鉄路が細々と続いています。札樽区間とは大違い。時々H100系とすれ違います。廃線の方針が固まった路線の割には列車が走っているなと言う印象です。写真の蘭島駅は海水浴場で有名な所です。一山超えて来た感がありますね。そしてまだまだ日本海側なのでこれからが本番です。列車はエンジンのうなりを上げて坂を上って行きます。気動車だから良いものの蒸気機関車時代は重労働だったでしょう。

 車窓には羊蹄山が見えてきます。この路線の名物ですね。雲一つない空に蝦夷富士の美しいシルエットがはっきりと浮かびます。

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 倶知安、ニセコとリゾート地を巡り一路長万部へ。ここからがノンストップ。すれ違い列車が無いのです。流石廃線決定区間です。それどころか駅もほとんどない。気が付けば通過駅はあと二駅。時間はたっぷり。未開の原野を開拓するために敷かれた線路と言っても疑いませんね。

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 海辺の街長万部に到着。ここで長時間の停車があります。跨線橋の階段の陰から視線を感じると思ったら「まんべくん」ではないですか。変な待ち構え方だな。
 ホームに降りました。視界がずっと広く感じます。山線区間を抜けて来ただけあります。

 隣のホームには281系北斗号が入線。こちらの車両も余命僅かなので注目の的です。ノースレインボーと並ぶ機会ももう僅か。

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 列車はまんべくん達に見送られながら一路函館を目指します。蒸気機関車が行き交った非電化複線区間。架線柱が無く開けた感じが鉄の男らしい風景ですね。

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 なんと海を隔てて羊蹄山が見えるではありませんか。幾度となく通っている区間ですが新しい発見です。ここまで綺麗に見える事も珍しいのでは?

 所々単線区間もあるので信号所が点在する区間でもあります。かつては駅に昇格されたものもあったのですが原野の真中故に利用者も少なく廃止になって行きました。北豊津、鷲ノ巣といった駅に思いをはせて眺めていましたが待合所の痕跡は無かったです。残念。

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 森駅からは駒ヶ岳の麓をグネグネと進みます。方向を変えて見える山です。この山は側面でも後方展望でも前面展望でも楽しめます。明らかにエンジン音が変わり勾配のきつさが伝わってきます。大沼越しの駒ケ岳もはっきりと見えました。

 列車はようやく港町に入り終着駅へ。長かった。

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 その後ですが。。。
 まずはノースレインボーをお見送り。満員の乗客を乗せて軽やかに発車して行きました。

 その後は道南いさりび鉄道に乗り鉄に乗りに行こうという事になりました。昼食を調達しにラッキーピエロに行くも行列が出来ていたので断念。長万部辺りで電話しておけば良かったです。。。代わりにハセガワストアでやきとり弁当を調達。これも旨いんだよね。

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 駅に戻ってから知ったのですが道南いさりび鉄道には乗り放題切符があるらしいです。なんと700円。木古内までの片道が990円なのでとてもお得。普通に買うのがあほらしくなるお値段。函館駅周辺ではJRインのフロントで取り扱っているそうです。しかし、そちらに列が出来ていて、列車の発車時刻も迫っています。次の一本を逃したら帰って来れなくなるローカル線ダイヤなので。

 結局連絡船を眺める事にしました。いさりび鉄道はまたの機会に。こういう限界まで乗らない日も良いものです。

 帰りは北斗19号の1号車普通車指定席。261系は一号車がグリーン車なので消滅する席です。夕日に染まる渡島大野の真っただ中を一路札幌へと向かいました。
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K51編成中央線代走!追っかけました。

皆さま、どのようなお正月をお過ごしでしょうか?私はほぼ寝ています。というのも大晦日に突発的なレア運用があって追っかけまわしていて疲れた上に毎年恒例になっている駅寝を敢行したのですから疲労の塊でした。

12月30日、この日はコミケに行く気満々でした。しかし、よく見たら前売り券が必要とのことでした。それを前日に知ったので当然売り切れで行けず。行く気満々と言う割には準備委員会のツイッターも見ていないのかと言う突っ込みは良いとして一日空いてしまっていたのです。仕方なく部屋やパソコンの整理をしていました。夕方、ふとツイッターを見たらこの突発運用の情報が流れていたのです。今からでも間に合うか、運用順序から突き詰めてどのスジかを特定、カメラと財布の準備をして出かけました。

日没直後の時間でした。何時もの駅のいつものホームで特に変わった所はない様子。それだけに本当に来るか半信半疑でした。やって来た列車は外観こそ中央線名古屋口で活躍する5000番台とほぼ同じですがドアが開いた瞬間濃厚な赤色のモケットのボックスシートがしつらえてありました。コメダ喫茶店とか所謂純喫茶みたいな囲われた濃密な昭和くささがそこにはありました。本当にキター!

日没直後だけあって高架区間では夕焼けと闇を混ぜたような濃い赤を背景にした街明かりを眺める事が出来ました。いつもはあっという間の多治見までの道のりが濃厚に難じられました。

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多治見駅

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車内はこんな感じ。窓の外のヤマダ電機は高蔵寺ですね。この組み合わせは貴重。

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折り返し名古屋まで乗って更に最寄り駅へ。この日はこれで撤退して寝ました。恐らく明日の朝も走るだろうから。そして午前で差し替えの可能性もあるから。

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向こうは5000番台。床の色の違いが一目瞭然。

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12月31日。運用順序を辿ったら土岐市駅に留置されているようなので向かいました。古虎渓駅には雪にも関わらず数人がカメラを構えていました。午前中の運用は土岐市から名古屋まで走り高蔵寺行の普通列車として往復し多治見行の普通列車になるのですが神領で切り離されます、そこで差し替えの可能性も濃厚です。もしかしたら土岐市高蔵寺間で乗れるのは最期かもしれません。

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定光寺駅停車中。関西線の駅ならわかるけどここにこいつが居るとやっぱり驚きます。

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名古屋到着。

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リニアの工事が進んでいます。

名古屋まで乗車し0番台が後ろ側になる折り返しで大曾根まで。そこから歩いて撮影地へ向かいました。中央線緑道です。

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この二型式にとっても中央線最後の雪になるかも。

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しなのは暫く残りますね。

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やってきました0番台。

この後神領で分割作業を見学。今度のダイヤ改正から8両編成に統一されるのでこの作業も見納めです。0番代でなくても貴重です。

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多治見まで向かう車両から離れていく所を眺めます。この後高蔵寺まで乗車。

さて、この後差し替えでしょうか。神領に戻って確かめようと名古屋行の列車の発車を待っていたら回送列車が来ました。0番台です。続投です。という事で勝川迄乗車して撮影に入ります。

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高架になっている勝川駅は作ったはいいが使われていない使われていない城北線ホームがあるため見通しが良いです。八両編成もこんな感じで撮影できます。

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四両単独運用の0番代短い編成なので山間を走るローカル線みたいです。もっとも4両なのでローカル線にしたら長い編成ですが前に撮った8両と比べると矢張り短い。

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続いて春日井神領間で撮影。ここも長編成が映えるなと来てみて思いました。

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今度は勝川春日井間で撮影。複々線化用地が確保されている区間での撮影。歴史をご存知の方なら中央線らしい区間と分かっていただけると思います。これだけ余裕があると4両編成なら納まりますね。5000番台との全面の形状の違いもよくわかります。

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帰ろうとしたらなにやら渋いモーター音が聞こえてきました。長野へ向かうタキです。新型、と言っても中央東線では使われている型ですが試運転が中央西線でも始まり国鉄型機関車ももう間もなく引退。

 

この後瑞浪までは乗車することに。

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この車両がこの駅に来るのももう最後かしら?この折り返しに乗車しているともう真っ暗でした。丸一日の付き合いになってしまいました。

この後は関西線での運転なので一旦帰宅。マナカの残高見たら18切符の方が安かったですね。コミケに行けなかったので情弱なのか突発運用の情報をつかめたのでそうじゃないのかよく分かりませんが充実した一日でした。
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ありがとう渡島沼尻駅舎!駅寝しました!(11月末で使用停止)

ありがとう渡島沼尻駅駅舎

次回のダイヤ改正で3駅の廃止が濃厚な函館本線砂原支線。日常の利用者も多そうな印象だったので残念です。日常の利用者が多く駅寝にもってこいな駅は意外と少ないだけに残念でなりません。ところがその中に渡島沼尻駅が含まれておらず安堵しました。来年の夏はここを拠点にしてみるのも良いかと考えました。ところが喜びも束の間駅舎は解体され駅寝出来ない駅となってしまうそうです。こんな渋い駅舎、寝ずに終わったら後悔すること間違いなし。という事で行ってきました。

冬の太陽は涼むのが早かった。そして列車本数も少ないです。前夜東京を高速バスで出発して津軽海峡フェリーで渡道していては日没前に到着で到着できる便に乗れず真っ暗な駅に到着。両隣の駅との距離がある森のど真ん中の駅なので少々不気味です.ホームの位置は互い違いになっているタイプです。駅舎に向かおうとすると踏切を渡らねばならず乗って来た列車の発車までお預け。ああ、すぐそこに渋い木造建築がどっしり構えているのに。こういう時に普段は味があると感じるキハ40の発車のエンジンを吹かす音がもどかしく感じます。

割と大きな駅舎ですがその殆どが使われていないようです。中を覗いてみると泉沢駅や北豊津駅に在った除雪作業員の待機場所でした。冬は使われるみたいです。これから取り壊すとしたらこの冬はどうやって越すのかしら?

待合室はこの通りベンチが一つあるだけ。床と固定するねじが外れていてグラグラします。

 

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踏切の板に霜が付いていて光を乱反射して輝いてました。

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左半分は真っ暗

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天上です。寝ます。。。

 

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他の明かりが消えている分輝きが増します。

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真正面から見た感じです。

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周りの光が遮られているため星の輝きは最高です。

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オリオン座が良い感じ。

この後月が昇って来たので空が照らされてしまいました。

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朝です。電灯が付きました。

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一番列車西の空はまだ暗い。

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東はこんな感じ。森を線路が割いた辺りから日が昇ります。

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朝日を写す駅舎の窓

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駅舎内から撮影

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二本目の列車は圧倒の三両編成です。想像に難くないと思いますが高校生の通学列車です。親が車でお見送り。列車が来る直前まで車内で待機していました。駅舎好きとしてはちょっと悲しい光景でもあります。

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朝日に向かって。。。

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雲が茜色を映し出しています。この後にやって来た午前中唯一の森行に乗車し駅を後にしました。

 

以下周辺散策。こんな神社が有りました。

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「どうもありがとうスナックカー」撮影に行きました。

性懲りもなくまたスナックカーを追っかけてました。充分撮ったつもりが撮影地の発見や機材、体力、技術の向上により欲が出てしまいます。

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先ず一発目は送り込み回送。撮れないかと思ったら明星からの送り込みらしくロングランでした。なので私が乗ってる急行とすれ違いが実現しました。

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さて今回撮影に向かったのは河内山本駅。車窓から見る駅の周りが商店街になっていて大阪らしいごちゃまぜ感があるので一度撮影してみようと思っていた箇所。色々と検討した結果如何にも大阪と言う感じのスーパーマーケットをバックに撮影。日常に溶け込んでた光景もあと何回見られるかしら?

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折り返しの名古屋行は日が暮れる時間帯に走行するので夕焼けが綺麗な時間に写せる場所を選びました。上本町16時1分発名古屋19時46分着と言うのは分かっていたのですが運転停車があるのかノロノロ走るのかは秘密事項。よくよく見ると17時1分に急行が発車します。パターンダイヤなら16時台にも同じスジが引かれていると予想し美旗駅付近で待機。あいにくの曇り空でしたが何とか雲がピンクに染まっているかしら?

それにしても悔しいです。十分くらい前に通過したアーバンライナーがこちら。

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光が差して輝いてます。雲と太陽の動きの所為ですね。このタイミングでスナックを撮りたかった。

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そして帰り道で振り返ると雲の間から光が漏れ始めています。そこをしまかぜが通過。

この後急行で青山町まで行きました。ドアの開放して撮影会してました。そして直ぐに発車。私が乗った急行は青山町止まりでしたが本来はその先にもスジがあるのでしょう。そしてバトンを受け渡したかのようにスナックをそのスジに乗せたのでしょう。

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そこからの接続が悪すぎでした。青山町駅で三十分ほど待って伊勢中川へ。各駅停車なので接続が悪く結局後続の快速急行に追いつかれてしまいました。名古屋に着く手前でスナックの回送列車とすれ違い。特急に乗って追いかけたら2番線に入ってるところを見れたのにな。

あと数回、行けるだけ行きます!
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「天気の子」の「愛」の変化の分析とオリンピックについて書いてみた。

「天気の子」(新海誠)ではラッドウィンプスによる楽曲が五曲も用いられています。中でも{愛にできる事はまだあるか」は本作を象徴する曲です。この曲は廃屋で警察と対峙するシーンとエンドロールの二回に用いられたいます。この二つのシーン、よくよく考えると「愛にできる事」が全く異なっています。一方は「戦う」ことでありもう一方は「助け合う」ことです。

・「天気の子」の作中での愛にできることの変化
物語の序盤は「助け合う」愛があふれています。
・陽菜さんのビックマック
・須賀さんの住み込みバイト
これらのお陰で帆高は東京で生き延びれました
そして「晴れ女のビジネス」は天野姉弟を貧困から救うためのものであり依頼者に只々喜んでもらう為のものでした。

ところが幸せも束の間、児童相談の職員が天野姉弟を問題視したり帆高が警察から追われたりして逃げなければいけなくなってしまいます。ここからは三人は助け合っているが世間や警察とは対峙する事となります。そして以下の行動に出るのです。

・雷を落とす
・銃口を向ける、発砲する
・飛び掛かる、殴る

誰かを愛するが故の行動です。その結果「戦い」に発展しました。

ラストでは人々は不自由もあるが支えあって生きています。

・堤防を築く
・鉄道に代わる水上バスを走らせる

そんな世界で生きて行く事を誓います。そこでの「愛にできる事」とは。

こうして見ると「天気の子」は不信感、切迫感から「愛にできる事」が変化していく様を描いた作品とも見る事が出来ます。「助け合う事」から「戦う事」に変化し事件が起き、最後は「助け合う事」で乗り切る世界になりました(そう選択した?)。

そしてこれから問題にしたいのは「戦う」という愛にできる事の形です。これ、人々を戦争に駆り立てるような愛なのです。

・「戦う」と言う愛にできることの形と先の大戦

要するに愛する人を守るために自分は死んでゆくとういう愛にも通じる愛なのです。先の大戦で散華された方々は日本を守るために戦ったのです。列強諸国の植民地政策の魔の手が迫って来て石油の輸入経路も絶たれた状況で侵略せれるのも時間の問題。追い詰められた状況の打開策として戦争に突入していったのです。また戦争末期は連日のように空襲され本土においても死の恐怖を感じるようになりました。そんな中敢行されたのが特攻作戦でした。隊員の遺書は残された家族を案ずるものが殆どです。こうした追い詰められた状況で「愛国」と言う言葉が広まり戦争が正当化されていったのです。

詳しい歴史的な経緯は太平洋戦争とは何だったのか(福島宏希)を参照されると良いかと思います。

ここで私が強調したいのは
・日本は追い詰められていた事
・植民地にされたら人権なんて奪われる事
そんな世界の中で
・愛する人を守るための戦いを敢行した事

です。戦うという「愛にできること」の形が爆発してとんでもない事になったのですね。

コロナ禍での「愛にできること」
この戦うという悲劇を生みかねない「愛にできる事」が現在日本でもくすぶってるように感じます。未だ爆発していないのですがこれから先の不安要素でもあります。

自粛要請の中で観光業や飲食業、娯楽産業等は大打撃を受けています。休業補償も充分に無く廃業に追い込まれた店も数知れず。政府は「緊急事態宣言」や「蔓延等防止措置」等を度々発出して経営者を翻弄させています。そんな中で不満の声や焦りの声も至る所で聞かれるようになってしまっているように思います。このお二方のTwitterでえも

いつもは新作の制作風景や鑑賞記録をほのぼのとツイートされる監督にしては殺気立ってるような気がしないでもないです。映画を愛するが故のツイートですね。

野田さんも心境を吐露されています。

このように愛する何か(産業、青春、趣味、文化などなど)を守るために何かしなければならないという空気が全体に広まっています。戦うという「愛にできる事」の形の輪郭が徐々にはっきりとしてきているように思います。
東京オリンピックはこのような空気の中で行われたのです。平和の祭典として考えた時にこの状況で開催して良かったのでしょうか?人々を戦争に向かわせるような愛がくすぶっている国で。更に悪い事には「#バッハ帰れ」です。国民には移動の自粛を求めておきながらバッハ委員長は全国を回っている事への国民の不満ですね。他にも諸々の行事が中止になったのに何故オリンピックは出来るのだという矛盾から怒りの声も聞こえてきます。平和の祭典が火に油を注いでどうするんですか!

 いろいろと思う事はあるかもしれません。未だ声を上げるという戦い方で済んでいます。人間皆立場が違うのでこれぐらいの衝突は仕方が無いという考え方もできます。ただこのまま理不尽な締め付けが続くといつかは「愛にできること」が爆発するのではないでしょうか。平和の祭典やっておきながら、それどころかそれが切っ掛けで暴動に発展したら目も当てられないですね。成和の祭典として成功させようと考えるならまだまだ課題が多い、と言うかよりによって神はその課題を日本に課したなと思います。不満を和らげていきワクチン等で「大丈夫だ!」と言えるようになるか、取り敢えず抑え込めてるうちは平和という事でいいのか、あるいは爆発してしまうのか。私達、選択を迫られていますね。

それにしてもこの作品を20021年の設定で世に送り出した新海監督はすごいなあ。。。歴史は繰り返すというから人間観察をしていればたまにはこういう偶然もあるものでしょうか?
そして世間では「#バッハ帰れ」という声が上がる中でオリンピックを盛り上げようとしている野田さんも凄いな。中止や自粛の損害をもろに受けてもなお助け合う、協力し合う愛の形があふれています。それだけに彼の歌は更に力強く感じます。

呑み鉄にゃんこ的調性観で「夜に駆ける」の転調を読み解いてみた。

「夜に駆ける」の作曲の特徴としてよく指摘されるのが転調がユニークだという事だ。J-popによくあるのは曲の最後に盛り上げるためキーを上にずらす転調である。それに対しこの曲では一旦下がってまた上がる転調をしている。
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ポップスだけの話ならこれでいいかもしれない。だけどクラッシック音楽の世界には調性の性格という考え方も存在する。調性(キー)毎に性格があるというものだ。検索すれば偉大な作曲家や学者の様々な考察が出て来る。しかし、なんか丸暗記しなきゃいけなそうで難しい。大体の目安だと以下の通りになると私は思う。

私は楽譜を開き最初に調号を見た時こんなことを考えている。調号が少ないほど若く多いほど年を取る。#は男性♭は女性と言うイメージだ。純粋なハ長調から二つ三つ調号が付く辺りが一番調整の性格が出て来て沢山ついてると淡い感じになる。ハ長調は赤ちゃんで一つ付いたくらいが小学生。二、三個が十代から二十代の若者。#二つ(ニ長調)と三つ(イ長調)の違いは校則で黒かったり野球部で丸刈りだった頭が大学の入学式で茶髪だらけになるような感じ。四つ付くと落ち着きが出て来る。五つ以上は何か悟ったような、危うくあの世と繋がってるよう感じ。

改めて「夜に駆ける」の転調についてみてみる。始まりは♭三つでずっとそのまま物語が続いて曲が大きく動くところで#二つ。更に最後は♭一つに転調している。大きく動くところは彼女が初めて笑った後のところ。彼女にリードされて行く所である。力強い#系の性格をはっきり出して引っ張って行く感じだろうか。最後の♭二つは初めの調に対してハ長調に近い純粋な調である。忙しい日々から何かしr純粋な心を取り戻したような感じである。

・最初の転調で引っ張って行く。
・引っ張られた結果次の転調で純粋な気持ちに繋げて行く。

ではやっぱり男女逆転していないか?と思われるだろう。上記の表は私が作ったものだが気に食わない部分もある。ジェンダー的な固定観念がもろに入っているから何とかしたいなと思っている。しかし、言葉と言うものは長年の文化の積み重ねの中で作られるようなものである。一日二日で創造するのは無理だ。だから男性的とか女性的は分かりやすい表現になってしまう。なので「男性的と言うけど一昔前までは確かに男性に求められた役割だけど今はそんな事気にする事無い何か」と言う感じで捉えて貰えたらと思っている。
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「夜に駆ける」は性別逆転のシンデレラストーリー?

自殺の歌が流行歌になるとはどんだけ日本の若者は病んでるんだ。まあその昔川端康成と言う小説家がいて「虹いくたび」や「山の音」という作品を世に送り出し評価された国ですから昔からなのかもしれませんが。因みに川端先生の最期は自殺です。

いろいろと歌詞に謎めいたところがありますが結局のところシンデレラスターリーなのです。アレ?主人公は男でしょ?って思ったでしょう。そうなのです。性別逆転で違和感なくシンデレラストーリーを書いているのです。

ポイントは
・主人公が男性としてリードすることに疲れてしまう。
・彼女がリードする。

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先ず「生きづらくする要因」です。主人公はこいつのせいで辛い思いをしているのです。シンデレラとかのディズニー映画では年上の女性、継母やお姉さま方、お妃さまが意地悪をします。それでヒロインはつらい思いをします。「夜に駆ける」では「チクタックと鳴る世界~涙がこぼれそうでも」とか「変わらない日々に泣いていた僕を」と言う所から「ブラック会社に勤め」(原作小説より)る日常に疲れています。そしてそういう世界で彼女をリードしていこうとする、男性として求められる役割を果たそうとしています。そして「『終わりにしたい』」と「釣られて言葉にし」ます。

「生きづらさから解放する人」はデイズニー映画の「王子様」や「夜に駆ける」の「彼女」というように理想の恋愛対象の人なのです。

こうして見るとどっちも同じようなあらすじだと思いませんか?生きづらさを感じる主人公が理想の人に救ってもらうお話なのですよ。その役割が違和感なく逆転してるのです。ジェンダーとかそういう問題をクリアーさせているのです。

「夜に駆ける」では「君は初めて笑った」の前の主人公の奮闘からも男性が女性をリードするのが当たり前というジェンダー的な縛りを描いています。

まさにジェンダーレス化が進行中な現代にピッタリな流行歌ですよ。この時代に流行るべくして流行った歌なのですよ。

で、彼は本当に死んじゃったのかな?死んじゃったのはこれまでの彼ら自身でMVのラストのキスで毒りんごが出て来ないかな?

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それにしても小説を原作にした歌と言うのも斬新ですね。漫画を原作にした替え歌なら私が動画を作ったアレがありますが。。。