「桜」など春は雪解け

「星のこえ」
 桜の花びらと共にメールが届きます。

「秒速5センチメートル」
 三話の最後。前を向いて歩きだす二人は桜に包まれています。

「星を追う子ども」
 卒業式の日は桜の花が満開です。

「君の名は。」
 雪の東京から一転して花の都となります。その陽気の中で二人が出会い(再会し)ます。

 桜のシーンが出て来なかった二作についてはこう解釈できます。
「雲の向こう、約束の場所」
 桜を用いずに春、雪解けを表します。4月ではなく5月です。初めの回想シーンと最後のエンドロールの後夢の中のベラシーラが飛んでいるのは草原です。雪は見当たりません。またこの作品の舞台は青森です。
 それらの事から思い浮かぶ人物がいます。寺山修司です。彼の代表作「われに五月を」は「夏休みよ さようなら 僕の少年よ さようなら」と十代に別れを告げて「二十才 僕は五月に誕生した」と新しい一歩を踏み出す詩です。喪失があってそこから歩み出す姿は新海作品にも共通しています。
 「目つむりていても吾を統ぶ五月の鷹」という俳句もあります。鷹というのは本来は冬の季語です。五月に飛んでいないはずです。なのでこの鷹は空想の鷹でしょう。五月という生命が萌える季節に雄々しい鳥が飛んでいるというイメージでしょうか。ヴェラシーラは実際に飛んだのは雪に閉ざされた冬であり回想シーンでは五月の鷹として描かれています。
 また、変形させた重要な意味は鷹の動きを表現したのでしょう。羽ばたく様子をプロペラの回転で表し翼を広げ滑空する様子をジェットエンジンで表現したと思われます。


われに五月を―寺山修司作品集 (1985年)

「言の葉の庭」
 東屋の後ろに控えているのがソメイヨシノの樹なのです。映画では雪に閉ざされた状態で終わっていますが春になったら満開の桜が咲き誇るでしょう。
 この作品の企画書の段階で聖地巡礼を意識していることが分かります。また、新海作品は舞台になった土地にまつわるエピソードがストーリーに関わっていることも多く聖地巡礼をして初めて理解できる作品です。

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