アンネの視点で「スパークル」を解釈

アンネの立場から見たスパークルはこうなります。日本の歌の筈なのにこういう解釈ができてしまうところが凝っているなと思います。

・飼いならしているのはナチス。その占領下に置かれたアムステルダムではユダヤ人は胸に星のマークを付けていなければなりませんでした。そして何時収容されてしまうか分かりません。家畜に首輪やタグをつけて飼い何時食肉工場に送るか分からない状態に似ていますね。こう書いて私は吐き気がしますが史実です。
そのような環境から身を隠す。隠れ家に身をひそめる。これがもがくことです。

・「この世界の教科書」にはユダヤ人狩りは当然と書いてあって不気味な笑顔を見せたのは独裁者でしょう。

・「さよなら」は囚われて死ぬこと。そしてそれから遠い場所はナチスに囚われない場所のこと。

・「ついに時は来た」のはアンネの姉に召集が掛かった時ではないでしょうか?前々から隠れ家の準備はなされていたのですが計画を前倒しにする必要があったのです。アンネが日記をつけ始めてから一か月も経たないくらいですから本当にそれまでは序章だったのです。色々と知恵を絞ってナチスの目をくらまそうとするのです。

・まどろみの中で見たものは収容されてしまうユダヤ人たちではないでしょうか?隠れ家にも悲惨な現状は伝えられます。
電車はその時代は蒸気機関車と貨車ですがそれに詰め込まれて運ばれていったわけです。その悪夢ではないでしょうか。

・サビは屋根裏部屋の逢瀬です。捕まることが無かったらいいのに。
・生き抜くとは日記(キティー)からすればこの記録が後世に伝わると言う意味でもとらえられます。

・嘘みたいな日々とかを望んだのは避難生活の息苦しさではないでしょうか?
そしてドアの前に立っていたのは秘密警察ではないでしょうか?
冒険を望んだら死地へと連れていかれてしまう息苦しさというとらえ方もできます。そして「序章の序章」の学校、隠れ家の外の場面が幸せな日常であったように思えます。

・「愛し方さえも~」のところはアンネから見たナチスやその時代でしょう。隠れ家での生活を余儀なくされて全てを支配されている状態です。そんな状況を記録したのがアンネです。記録されない歴史は「いつかは消えてなくな」ります。それを必死に記録したのです。
 日記(キティー)の立場からすればアンネの書いたものですからその内容はアンネに支配されます。アンネの匂いがします。そしてアンネが収容されてから隠れ家に残され戦後発見されました。そこにはアンネやナチスや時代等が焼き付けられていたのです。

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