バス待ちコーヒー

小説なのか駄文なのか。。。そんな感じの文章です。

 落ち葉がささっと駆けて行く。空の彼方迄消えて行って了いそうだ。秋というのも最早懐かしい。だけど物寂しい落ち葉の戯れは所々に感じて了う。店には蜜柑がこんもりと積まれ人々が冬籠りの仕度をしている。それを横目に私は一人バス停に取り残されている。取引先からの帰り道、終った時間に丁度バスが了ったようだ。昼間ののんびりした運行時間である。40分位間が出来て了た。
 蜜柑か。そう言われればこのコーヒーはなんとなく蜜柑の香りがする。柑橘系の一寸つんとする爽やかさだ。気温の所為もあってコンビニに引き寄せられて了ったのだ。そしてこの冷える時間をやり過ごしている訳だ。指先に活力を与え蒸気が胸を満たす。この寒さを勘定してか相当の熱量を封入して呉れたようである。たった百円なのに。そして、今すすってみたら蜜柑の香りがしたのだ。甘ったるい冬の蜜柑というよりは苦味掛かった夏蜜柑や輸入物に近い感じだ。皮の厚い蜜柑。昔住んでいた所を思い出す。詳しい品種は知らないが大きな実を付けていた。湿った空気を肺一杯に吸い込みながら走り回ったのだった。
 空っ風が吹いた。こんな事を思い出すなんて全部コーヒーの所為だ。遠い日の事だと苦笑する。
 もうそろそろ後ろに一人二人と並び始めても良いのではないだろうか。当然かもしれないが普通の人達は発車時刻直前にやって来る。長い時間待っているなんて馬鹿みたいな話だ。一口ぐいっと飲み込んだ。こうでもしないとやってられない。体がホカホカして来る。漸く一人後ろにやって来た。少年のようなショートヘア。まさかね。彼女は高校生だ。私が思い浮かべた女は同い年だから既に働いているか子どもをもうけていてもおかしくない。だからそんな筈ないのだが。邪念はコーヒーのアロマや温もりで誤魔化そう。
 あの人は幼馴み、というか友達というか。親友とは言い過ぎだし恋人な訳は無い。家が近かったし何となく一緒にいる感じ。近所の公園でよく一緒に遊んだっけ。あの夏蜜柑の樹の茂る公園で。それ位の関係だ。その蜜柑の樹は所有者は特に居らず実を子どもが勝手によじ登って食べていた。あいつもひょいひょい登ってもぎっていたな。正直、あんまり可愛く無かった。男っぽくって。好きな人として意識してなかった。勿論悪友の一味では無い。小学三年生位の時はどんな感じだっただろう。
 中学に上がって直ぐくらい。悪い物でも食べたのか腹痛で学校を休んだ時だ。連絡帳を届けて呉れたのが彼女だった。
「ねえ、蜜柑の樹の公園さ、最近誰もいなくって蜜柑勿体無いよね。」
 何を言い出すんだか。
「じゃあ取って来てよ。」
「ええ、それは流石に。」

 ところであの樹は今日はどんな感じなのだろうか。湯気の中の姿のままなのか。それか管理出来なくなって切られて了ったか。ふうっと白い息を吐く。コーヒーの温もりが空に広がる。その中で実を付けていたらそれで良い。

 あの日、彼女がくるんとしたショートヘアを転がして「それは流石に・・・」と自体した日から暫く経った。半袖でも暖かかったとは覚えている。やっぱりこの樹だった。彼女が絵で何かの賞を取った。その絵の風景に見覚えがあった。帰っても特にやる事は無いし何となく寄ってみたのだった。昼下がりの暖かな空気の中でポカンとしながら眺めてみる。あの絵の何が優れているのかはよく解からない。だが何となくこの景色が美しいとは思えた。それにしてもあのお転婆娘にあんな才能があったとは。
「何してるの?」
 お転婆登場。
「部活は?」
「あ、サボり。」
 取り敢えず答えおいた。偶然か必然か。何故ここにやって来たのだろう。
「この樹だよね、あの絵。」
「あっ、あれ?」
「おめでとう。」
「はは、ありがと。」
 こう言って見せる歯や瞳。だけど型通りの会話しか続かなかった。
「じゃあ、またね。」
 そう言って去って行った。それにしても、あいつのセーラー服姿って何だかな。そして、今現在バス停で共に居る娘もセーラー服を着ている。私には懐かしくも気まずい。バスが来て欲しい。大型車が迫って来た。バスが右の方に寄って停まった。コーヒーの最後の一滴を飲み干しながら乗り込んだ。
 コーヒーというものは不思議なものだ。飲み終わった後、体の何処に残っているのか余韻が残る。ガラガラのバスの揺れにはこれも心地よい。

 あの頃は部活も真面目に行っていなかったな。そもそも全員が部活に入らなければならなかった。そこでやる気の無い連中が同じような先輩に釣られて入部するような処が存在した。顧問も名ばかり。適当にボール遊びさせているだけ。彼も専門でも無いのに気の毒だ。それが居心地が良いと感じる連中が自然と集まり生ぬるくやっていた。私は行こうが行こまいが遊べる事には変わり無く出席率もよく覚えていない。そしてこの日は家でだらけようと校門を出た。そしてまたぶらりんと公園にやって来たのだ。
「あ、またいた。」
 こいつもサボりなのか。そしてこの場所が相当気に入っているのか。後からやって来た。
「君も相当この樹が好きなんだな。」
「まあね。何回も描いてるし。」
 そう言いながらおもむろにスケッチブックを取り出した。彼女がこうして文化的な活動に勤しんでいる。しかもこの元遊び場で。
「絵、好きなの?}
「うん、一応漫画家志望。」
 そして鞄から顔を覗かせているのが少年漫画なのは彼女らしい。
「へえ、凄いじゃん。大変じゃない?」
「まあ、好きだしいいの。」
 サッサッサッと鉛筆が滑る。今日は無風。音がするのは彼女の鉛筆だけだ。そして樹は根を挿し幹はすらっと伸びたかと思うとゴツゴツと太く力強くなりそして枝を伸ばす。鮮やかに鉛筆を操れるものだ。そう感心しながら私は佇んで見守っていた。空はいたずらに青くて、ただ青いだけだ。やがて鉛筆の音が落ち葉が流れて行く音にも聴こえた。季節の真ん中にひとり取り残されたようだ。

 足の癖。忘れられたボールをちょこっと弄ってみた。こんな事したって何もないけど何となく突っついている。
「サッカー部だっけ。」
「ああ、一応。」
 その言葉がしっくり来た。一応なのだ。そういえばあの時彼女の部活については話さなかった。唯々うなじから透かして見える動きが鮮やかだった。樹や絵に向かう瞳は輝かしかった。時々髪を掻き上げる細い指。それだけを只々眺めていた。ちょっと可愛いかな、なんて思ったりする。

 それから何日かしてたまたま帰り道が一緒になる事があった。大した事は話さなかった。何となくその日の授業や先生、級友の事。思い出を辿ってもそれ位かな。それ位だった。彼女との関係は。私はバスの後方に座り同じバス停から乗った人は数列前の席にいる。後ろ姿がよく似ているせいかこんな事を思い出す。そしてあれ以降の記憶は後ろ姿が殆どなのだ。なんか後ろ姿ばかり見ている。そんな気がする。折角あの公園があったのにぬくっと前に出なかったのは何故だろうか。でもどうせ何者でもない男子だったから意味は無いか。只、空が青いのが心地よく思っていただけだ。それでも昼下がりの陽気とバスの心地良い揺れ、それからコーヒーの余韻の中で考えて了う。彼女と隣りにいられた青春の一コマはどんなに素晴らしかっただろうかと。

 目が覚めると誰も居ない。知らない間に乗客は私一人だ。
 彼女は勿論他の級友ともろくに連絡を取っていない。後ろ姿は何処に行って了ったのだろう。それらしき漫画家がデビューしたという話は聞かない。自分が気が付かないだけでコンビニの雑誌をめくれば彼女に会えるか。それか活き活きと同人活動を楽しんでいるか。それで良いか、楽しそうなのは容易に想像がつく。

 バスの車内はまた大勢客が乗って来た。街の中へと入って行く。車内は既に雑踏だ。そしてなんとなく会社の事務所に戻って行く。今日も何となくだ。私は彼女をとても尊敬している。

シェア、拡散歓迎です!宜しくお願いします。