二駅目 初田牛駅

 そもそも今回の旅は初田牛駅の訪問を考えた時他の二駅もその経路上に在る事から実現したのである。某大先輩オススメの駅という事もあるしネットの写真を見て惹かれたという事もある。だから何としてでも初田牛駅へは行きたかった。寝耳に水の廃止の知らせを受けて飛んだのはその為だ。

 前の駅を出たあたりから運転席の後ろに待機。これまたえらい秘境に入ったのか走れど走れど雪原の中。ワンマン運転の自動放送が鳴っても駅は見えず。かと言って曲線の死角でもない。駅はどこだ。速度が落ちてきてようやく見えた。ホームも必要最低限の設備しか備えていない。駅舎はただでさえ小さな小屋なのに白く雪と同化しているのだ。そして辺りも駅の前、町の中心部という雰囲気が全くしない。民家が無い。それがあれば駅に近づいたと感じるのだが。

 後ろの客室からやって来る人は居らず私一人だけが降車。ズボッと新雪へと足を突っ込む。除雪がされていないのかついさっきまで雪が降っていたのか。まあこんな誰も使わない駅だから仕方がない。
 列車は只々淡々と発車して行く。誰が何処の駅で降りようが知ったことではない。それが列車の仕事だ。只、乗客の視線が少々気になった。噂の廃止駅だからだろうか、それとも降りる人が珍しいのだろうか。
 タラコ色は雪に萌える。それがふっと消えて了えば秘境の時間の始まり。駅の裏が広々としすぎている所為もありとても孤独である。それにしても何故こんなにだだっ広い空間になっているのだろうか。道路が通っているがそこまで出るのに回り道をしなくてはならない。まさか交換設備があったとか。それは違いそうだ。この駅は駅であるがほんの小駅。昔もそれは変わらないだろう。

 取り敢えず駅舎へと行ってみよう。その前に立ちはだかるのが雪である。長靴の用意が無いので雪が入って来て冷たい。本当のパウダースノーである。?き乱さないようにゆっくり踏みつけながら駅舎内へ。風が無いだけマシであるが凍れる大地の小屋らしい寒さである。駅ノートが見当たらないと思っていたら高い所に掛けられていた。わざわざそうしなくても椅子に置いておけば良いのに。どうせ全て列車待ちの人で埋まる訳が無かろう。
 ここのノートはしっかり管理されていた。細目にバックアップを取っており盗まれていない。一度きりの訪問ならまだしも通うとなるとまた大変であろう。そのノートを有難く拝見する。何と駅周辺の略図が書いてある。小学校跡があるらしい。という事は矢張り昔は人が多く住んでいたのだろう。列車の撮影をしようにも次の列車まで時間は充分ある。早速行ってみよう。

 流石先輩としか言いようが無い。薦める駅の周りは見事に何も無い。尺別以上に秘境である。金と手間暇掛けて家屋を撤去したのだろうか。そうでもしないとこんな風にはならない。それでも何か無いかと考えひたすら歩く。やがて幹線道路に出る。最果ての地という事もあろうか交通量は殆ど無い。そう思ったがよく見たら道道である。またもや国道から外れた処に位置する駅だ。道理て少ないと思った。それでもぽつぽつ車は通る。これが唯一の人の気配だ。虚しいかな、皆素通りだ。地名こそ立派に残っているが荒地には変わりが無い。
 こんな所であるが立派なシェルターが在る。折しも風が強くなって来た。霧のような雪も舞っている。寒さの余りそこに避難した。それにしても何故ここだけシェルターになっているのだろうか。道路が大きく曲がっているからだろうか。そこで冬期のスリップ事故を防ぐ為にこうやって雪を防いでいるのであろう。
 シェルターを出たら一面真っ白だった。どこまでも続く雪道で気が遠くなる。真っ白な雪原を降り続く雪が更に白くする。これ以上行くと戻れなくなるであろう。引き返すことにした。
 風雪は一時よりも落ち着いてきて視界も程々に晴れた。北の大地の天気は気まぐれだ。コロコロと表情を変えるものだから困ったものだ。まあ予報を見る限り嵐になる事は無さそうなので死ぬ事は無いだろう。
 さて、赤と白の棒が立っている。雪が積もって真っ白でも道が分かるようにと立ててあるものだ。という事はこの先も道なのである。足跡が残されている。という事は誰かが歩いて行った後である。気になるので辿ってみた。然しすぐに途絶えて了い雪の中。行政によりしっかり管理されていて当然と思われた道路さえ
この有り様。村が無くなると云う事はこういう事だと云う現実だけが目の前に広がっていた。

 西の空を見ると茜色である。晴れ間が出来て呉れたおかげで夕焼けも堪能する事が出来た。無人の小屋なのか家なのか原野にポツリと建っている。見とれて了う光景だ。果たしてこの夕焼けで良かったのかと思う。同じ夕焼けでも一昔前は全く様子が異なった。丁度学校帰りの時間で子ども等のはしゃぎ声があったのかもしれない。勤めを終えて夕日を背に歩む労働者の姿もあったかもしれない。そして家々からは夕飯の支度の煙が漂う。そんな夕焼けであっただろう。そう思うと寂寥の感がこみ上げる。然し、目の前の光景は美しい。果たしてこれで良かったのか。地球の自転の中でそんな感傷に浸ってみる。よく分からないけど星ってデカいんだな。

 「駅」と言うだけで我が家みたいな安心感。原野と紙一重には変わらないのに不思議だなと我ながら思う。一つ思い当たる事として風が少ない。駅は防風林の中である。からだろう。これ位効果があるなら集落の周りにも植えれば良いと思って了う。

 さて、空は開け夕日がしっかりと差し込んだ。駅もほんのり色付いている。折角なのでホームの端の方迄行って駅全体を眺めてみよう。問題は雪だ。ホームの上の雪が容赦ない。これも自然の姿だと思って楽しもう。一寸ずつ踏んで固めて道を作って行く。ミラーの所迄来て振り返ればもう完璧。駅名板という誰でも迎え入れてくれる慈悲に満ちた札が夕日に優しく照らされている。

 刻々と日が沈む時間は幸せだ。何度浸っても新鮮である。何度も浸っていると分かって了うが最早そろそろ急に暗くなる時がやって来る。果たして日没に列車は間に合うだろうか。撮影出来るかどうか微妙な時間だ。
 地平線は霞んで未だほのかに明るい。そんな時踏切の音がした。カメラの設定を確かめ試しに一枚撮る。ギリギリいけるかなという感じだ。この世界の遠い所から光が見え始めた。根室からの折り返し列車。私が乗って来た車両と同じものだ。夕日とタラコ色、暖色系の組み合わせがまた良い。矢張り駅は車両で映える。そのどこか懐かしい光景は永い時間続いたように思える。それ位印象深かった。

 コトンコトンと列車が夕闇に消えてから残響の中を立ち尽くしていた。さて、これからどうしようか。折角なので駅の裏も行ってみたい。夜道だがここで行かなくては後悔するであろう。地図で確かめると踏切迄そんなに遠回りでも無い。行こう。
 本当にただの夜道である。誰も居ない。動物も何も居ない。そんな中に建物が有った。集会所らしい
。果たして使われているだろうか。
 踏切の設備がやけにしっかりしたものに見える。数少ない人工物だからだろう。そして駅は煌めいていた。唯一の人の拠り所としてまばゆいものであった。その灯りも最早直ぐ消えて了うと思うと失う価値は大きい。
 線路と道路が防風林で仕切られている。それは駅の前で途切れている。切れ目から現れた駅はとても愛おしいものだった。暫くするとゆっくり列車がやって来た。雪を照らして走って来た。その様子は幻想的で温かくも儚なさも感じられた。

 駅に戻り備え付けの温度計を見ると氷点下だった。今夜は寒くなるだろう。食事を済ませ寝袋に入った。懐炉を三個使ったが未だ寒い。眠れるであろうか。ボン、という音と共に明かりが消えた。デカい音だ。
 夜中、目が覚めた。気温は氷点下8度。道理て寒い訳だ。湿らして了った靴は少々固くなっている。思い立って外へ出た。案の定星が美しい。とても寒く星の名前が何かという事までは頭が充分に回らなかった。それでも宇宙の中にポッカリ浮かんでいる事が感じられたので充分だ。
 視線を端に遣るとぼんやりと明るい。根室か釧路か。遠い町の灯りである。ここは駅の灯りが一切消え、それに伴い人工の光を失った林に囲まれた一点である。空は遠い宇宙に開かれそちらのほうが近い。そんな気がする。私は人間か。なら何故あの灯りの方に居ない。ここは人間界とは言い難い区間になっていた。

 
カーカー。カラスか。気を失っていたがそれは眠りが深かったという事であって凍死しかけた訳では無かったようだ。

 朝は淡く萌えている。最高の目覚めではないか。これぞ自然の中で目を覚ますという事だ。始発列車に急かされる事も無い。只でさえ遅い始発の上この駅は通過して了う。本当にのんびりとした朝だ。寝袋の中で暖めておいた缶コーヒーで一服。北海道でしか流通していない商品らしいが普通のコーヒーだ。

そんな朝ばらけの中を一番列車がやって来た。昨夜の最終列車と同じ車両である。一晩最果ての地で留置されていたのだろう。終着から始発までの時間が長いから回送列車が走るかと思っていた。運転士さんも泊りであったのだろう。ゆっくりできたのかしら。職場の中で人気のスジかどうか気になる。

 陽が照っているとポカポカしてきた。お日様がこれ位有難いと感じたのは何時ぶりであろう。昨夜は早く暖房の効いた車内に入りたかったがこの陽気なら周囲の散策も出来そうだ。 昨夜見た集会所は矢張り使われている気配が無い近付くにも少し勇気が要る雰囲気だ。小学校跡は標が立っているだけの更地。雪が融けたら思い出の遺骨のような建物の基礎がひょっこり現れるかも知れないな。
 国道へ至る道の方へも行ってみた。延々と続く道が在る。その向こうにポツりと牛舎みたいな建物だ。遠くから見ても割と立派でやっと生活感がある物を目にしたのだ。雪も深いしとても遠い場所なので行っている暇が無い。今回の旅は駅が目的である。

 次にやって来た列車もキハ40系である。インターネットでこの型の車両が来たらラッキーと言うような事が言われていたのでしっかり調べないと乗れないような珍しい運用かと思ったらそうでも無いようだ。そして私はこの折り返し列車に乗ろうかとも思っていたので、初田牛駅の思い出はキハ40系で作られることになるのか。
JR北海道色の帯は流石に雪に合わせてある。ほんのりとした萌黄色が優しい。秘境駅と共に平成の北海道の光景となったこれもいよいよ見納めである。

 誰も乗降無くコトコトと走って行った。さて、私はどうしよう。予定通り動くならあと一時間の滞在。然し雪だるまが融けそうな気温になって来たので次の列車でも良いか。悩む。

 予定では釧路での待ち時間が長くなって了う。釧路で休もうか、それとも快速停車駅に行って駅を眺めて快速に乗れば同じ列車に乗り継げる。
 予定の列車は根室行き。その折り返しが例の快速列車となる。根室方面の快速停車駅迄行って折り返す事になる。その次の便は次の直別到着が遅くなって了う。
 まあ、暖かいし、長く居たい。折り返し乗車する事にした。
 そうとなれば時間はある。駅裏へ行こう。明るい時間の駅はどんな様子だろうか。踏切からは小さな点にしか見えなかった。灯りが無いからそうなるのだ。そして駅を正面にしてみるととても美しかった。こんな大自然の中にありながら、また無人駅でありながら人の活動の拠点として機能しているのは明らかだ。そして列車はやって来る。唯停まって動くだけである。何か尊い物を運んで来たようにも思える。

 私が駅に戻るのとほぼ同時に車が一台やって来た。鉄道マニアかと思ったが保線の方みたいな感じだ。各々のシャベルを担ぎ出し、
「こりゃあ酷いことになっている。」
 と言いながらホームの雪を除け始めた。こんな収益がほぼ無い駅なのに除雪して貰えるのは申し訳ない気分だ。

 改めて駅ノートを拝見する。昆布盛駅にも行ったと言う秘境駅マニアが多い。そう言えば近くにあるのだ。確かめてみるとそこは快速停車駅だ。これなら折り返えせる。この事に気が付かせて下さった記帳者の皆様には感謝したい。

 延長時間は総滞在時間からすればあっという間だ。名残惜しいが一息付いてホームに立つ。赤い帯が目立つキハ56系。ステンレス製の新しい型だがすっかり北海道のローカル線に馴染んでいる。否、そういえばこれでも「国鉄型」だ。40系よりは新しいし銀ギラ銀だからうっかりして了う。
 発車して了えばあっけなかった。小駅はすぐに遠ざかり雪原の中だ。

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