三駅目 直別駅

 一瞬降りる駅を間違えたかと思った。直別駅と言えば可愛らしいログハウス風の駅舎を思い浮かべるがそれが無い。列車の窓の向こう、反対側にも無い。そして跨線橋の向こう側に在った。ホームは割と長いが駅舎はコンパクト。且ては長い客車列車も停まっていたのだろうか。その繁栄を物語るホームに対して平成半ばの地震で建て直した駅舎は元から事務室が必要無く小じんまりとしている。中に入ってみるとその更に一角しか待合室として使用しておらず二人程しか入る事は出来ない。駅寝となれば一人しか出来ない。その他の部分は何が在るのだろうか。除雪の作業員の詰め所も兼ねているのだろうか。それとも信号所としての機械の為の機械室か。
 周りは騒がしい。何と言っても国道沿いに在る駅なのだ。傍をひっきりなしに車が通る。廃止される三駅の中で一番秘境感が無い。今回の旅のトリとしてはどうなのだろうか。
 駅前広場はとても広々としている。且ては大きな木造駅舎が有ったのだろうか。今は駐車場だ。これから廃止に向けて車でやって来る人が増えるであろうから大活躍であろう。
 駅前の通りは商店街のような感じだが活気が無い。客も店主も最早何処かに行って了ったようだ。神社が有るそうだが鳥居が見当たらないポツリと灯籠が立っている。然し参道と思われる所が雪の中なので先へは行けない。夏にまた来たいと思っても駅は無くなっているし路線バスも走っていない。まるで古代遺跡ではないか。
 スーパーおおぞら号の通貨時刻となった。車でやって来た撮り鉄達で少々賑やかになっていた。そんな時地元の方と思しきおじさんが現われて「尺別は行った?」と聞かれた。それだけでもこの駅周辺はまだ人が残っているのだなと考えて了った。

 作業用の警報機が鳴り響くと間もなく、という訳でも無く充分余裕を持ってヘッドライトが見え始める。旧くから在る路線らしく山の間を縫うように敷かれている。そこを龍のように身をくねらせながらやって来る。程々の長さのある特急列車は様になる。
 折角建て直した可愛らしい駅舎であるが廃駅となれば何時取り壊されても不思議でない。だから駅舎と合わせて写した。駅裏は湿原になっている。キナシベツ湿原というらしい。今は寒さで普通の観光客からすれば外に出るのも馬鹿らしい季節である。眺めも湿原というよりかは雪原である。一面真っ白で単純だ。夏の様子はどのようなものであろうか。駅のすぐ傍で手軽に自然に触れられる観光地にもなり得たのに勿体ない。往来が多い国道がすぐ傍だから秘境駅としては認知されにくい。難しいところだ。まあ、廃駅直前になってから降り立った私が言える口でも無いが。
 これは何時からこんな状態だろうか。駅名板が外れて落ちている。盗みでないだけ良いが修理はしないのだろうか。駅の顔であるだけに最終日まで整えて貰いたいものだ。
 二月の日は短い。殊に北海道のそのまた東となれば標準時よりも大分外れている。あっという間に空は紅くなっている。この駅は線路の向きが東西になる所に設けられている。だから夕焼けと列車を正面に写すことが出来る。夕日には赤尾灯が似合う。更に駅舎も入れたい。跨線橋の上から撮ろうかホームからにしようか。電線とかがゴチャゴチャしているのでホームから撮った方が良さそうだ。間もなく陽が沈む。間に合うかどうか不安になってきたところにスーパーおおぞら号がやって来た。やっぱり上から撮った方が駅舎に近付けて撮れたかな。一度きりのチャンスでは物足りない。にわかではだめだ。

 尺別駅で聴いたのと同じメロディーだ。物寂しい調べと共に茫々と日は暮れて行く。今日一日は長かったような短かったような。直別駅に着いてからはあっという間だったな。
 この直別駅で交換する普通列車は多い。本当に他に駅が無いのだな。だから信号所として格下げされても廃止という訳には行かないだろう。双方から列車がやって来てエンジン音が呼応する列車の交換は鉄道ファンから有難がられるものだがここではそう珍しくもない。列車の本数自体少ないがこんな感じで何本も入れ換えが有るのはなかなか面白い。何通りかのアングルを楽しめるのも稀なことだ。
 夜の特急列車もなかなか面白い。一両だけ車内灯の色が暖かみを帯びている車両がある。この駅の場合一旦ぐねっと曲がって側面を見せつけられる。白昼に紛れて同じような色になって了う時間では味わう事が出来ない光景。そこがグリーン車である。やっぱり落ち着きを重視しているのだな。今は普通車とグリーン車のみである。昔は三等級に分かれていたり食堂車も有ったりともっと賑やかであっただろうな。
 最終列車は隣の尺別駅での入れ換えである。一両だけであるが、駅までの広大な大地を光を身に纏いながら懸命に駆けて来る様には心打たれるものがある。そして寂しく停まって走り去って行く。

 これで最早「一般の利用者」はやって来ない。その日の列車が終わっているのにやって来るのは私と同類の物好きくらいだ。寝袋を広げよう。
 昼にそばやらおにぎりやらを沢山食べたので夜は控えめ。コンビニの総菜とあまり冷やしていないビールのほろ苦さが似合う。特急の通過は駅舎内から眺めた。この光景も見納めか。そうこうしているうちに消灯時間になった。アルコールが回って来た事だし寝ることにした。

 ざわざわざわざわ。隣から何か聞こえる無線の音声みたいだ。本当は有線かもしれないがこの雑音っぽさが無線らしい。隣は何かしらの作業時に使う詰め所なのかもしれない。そこに人が居るような気配は無いが機械は動かしっぱなしのようだ。そして程無くして堂々としたエンジン音が聞こえて来た。黄色い作業用の車両が夜の闇を裂いた。ラッセルではなさそうだが大きな除雪機を着けているのが北国らしい。夜の単独行動の厳しさを物語っている。どうやら隣から聞こえるのは、この車両の位置を知らせるものらしい。なんとなくそんな雰囲気だ。少し停まって仕事場へ向かって走り出した。
 駅寝の楽しみの一つ、消灯後の駅の観察をしよう。冷え込んでいるので手短に済ませよう。
 何か住んでいるのか?赤い光が駅舎からこちらを見ている。怪物の目だろうか。どうせ機械のランプなのだろうがなかなか不気味だ。
「直別駅」の文字は立体的で様になっている。漏れて来る街灯のほのかな光に照らされる感じもまた良い。
 跨線橋に上がると駅前が見渡せる。押し釦式信号機のある交差点の灯りがまぶしく「町」であると感じられる。湿原の方は真っ暗だ。
 夜が明けるには未だ早いので寝る事にした。そうしたら再び隣でざわざわしだした。アレが帰って来るのだろうか。案の定踏切の警報機が鳴り始めまばゆい光が向かって来た。折角なので見に行こう。そうしてサーチライト、もとい前照灯の前へと踊り出た。こういう変わった事する人って作業員の目にはどう映るのだろうか。ドキドキする。停車時間はそう長くなく連絡が済めば発車して行った。

 

 この日の朝は雪原の朝であった地球の影から覗き込む太陽の光が蒼白い雪明りとなって空気の色を染める。こんな光景に浸れるのは幸せだ。この駅は裏側だけ見れば秘境駅そのものである。そんな明けきらぬ中を一番列車がやって来た。朝早く本当にご苦労である。
 この駅に居られるのもあと一時間となった。朝の白雪が微笑んでいる。山のペンションみたいな雰囲気だ。
 やがて新得行きの列車の時刻が近付いた。駅舎より外れた所が乗車位置なので、それを正面に眺めながら列車を待つという事が出来ないのが少々残念だ。
 曲線を優雅に曲がって列車がやって来た。駅の見物を見られる方が二名降りて来た。つまり乗るのも降りるのも同じような趣味と目的の人しか居なかった。列車は力強くエンジンを唸らせる。駅を眺めたいからゆっくり発車してくれても良いのにな。

 直別の駅舎が見えなくなったところでデッキから客室に入った。見事に誰も居ない。私の専用車だ。この区間、否さっき降りて行った人達も類だからもっと前から廃止駅巡りのマニアしか乗っていない事になる。廃駅になるのもよく分かる。

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