「言の葉の庭」も音楽的な作品

初出2018年1月30日ブログ雑記林

「言の葉の庭」(新海誠 2013年)についても同じように分析してみた。

この作品もロンド形式みたいである。東屋での会話のシーンが何度も繰り返されその他のシーンが間に入る。

はじめのあ「東屋1」は出会いのシーンである。電車の車輪が写し出されたり満員電車に揉まれたりしながら孝雄は新宿駅に到着し空を見上げる。そこから新宿御苑に向かう。そして短歌を吹っ掛けられる。

この次のエピソードは孝雄の日常である。秋月家の食卓の様子や雨が降ったら御苑に行くことにしている。ということが語られる。

「東屋2」では正体不明の女(雪野)の謎めいた様子が描かれる。チョコレートにビールは奇抜である。

次のエピソードは孝雄のエピソードである。ピアノ曲にのせて孝雄の外界への憧れが描かれている。始めに映し出されるのは御苑から見た新宿の高層ビル群である。ピアノはあの神秘的なメロディー(動機)を奏でる。その後東屋での日々が台詞なく映し出される。次のシーンは並走する電車の様子を伺うがすれ違い列車に遮られてしまう描写を挟み学校での孝雄の様子だ。ぼんやり外を眺めていたり先生に呼び出し食らったりとあまり楽しくないようだ。曲も短調に転調しており憂鬱な雰囲気である。その次は曲が再び長調に戻り孝雄が夢に向かって努力する様子が描かれている。「いい天気」の日バイトや専門学校のビラ、そして謎の女に夢を語る。曲も弾んだ様子で充実した日々のようだ。そしてまた神秘的な動機である。このときは謎めいた、会社員と思われる女が映し出される。高層ビル群とあの女は孝雄にとって「世界の秘密そのもの」である。

「東屋3」では雪野が弁当を作ってくる。孝雄はそれを食べてしまう。そして料理が下手なことがばれてしまう。このシーンでは神秘的だった動機の一小節がコロコロと移調しながら繰り返されコミカルな感じがする。「世界の秘密そのもの」が見せる別の一面である。
広告


孝雄の夢の中での回想のシーンを挟み現実の世界で雪野は「まだ大丈夫かな」と呟く。

次は雪野のエピソードである。元恋人との電話で退職の手続きにつて話す。部屋の様子は暗くじめじめしている。その元恋人は一番苦しいときに何もしてくれなかったようだ。孤独な様子が描かれている。そして朝、「雨だ」と表情を明るくさせ東屋に向かう。

「東屋4」は雪野が孝雄の夢に協力するシーンである。本をプレゼントし足のスケッチをとらせる。

そして梅雨明け。雪野は一人で東屋に向かい孤独な時間を過ごす。このときガードの下を通って来たようだ。ランニングの一行ともすれ違う。場面の天気は晴れで灼熱の太陽が降り注ぐ。孝雄はバイトと靴作りに励む。電車の中で雪野から貰った本を読む孝雄は並走する列車の様子など気に掛けない。

そして夏休みが終わり孝雄は登校する。廊下を歩いている時に雪野とすれ違ったのをきっかけに女の正体を知る。そして事件を知り上級生に殴り込みに行く。

「東屋5」では行く前にはじめのシーンが一部省略されているが再現する。電車の車輪や新宿駅で空を見上げるシーンである。そして藤棚で再会し返歌を返す。その後急に嵐が来て雪野の部屋に行く事になる。このとき梅雨明けのシーンで出てきた場所が天候を変えて再登場する。心境の変化を物語っている。

そして雪野の部屋でのシーンに移る。卵を割るのは孝雄である。同じ場所、器具なのに雪野と違い器用に割っている。

そしてクライマックス。二人の関係が絶ちきられかけるが寄を戻す。雨は上がりかけている。

広告


「東屋6」は孝雄が一人で完成した靴と雪野からの手紙を手に思い更けるシーンである。

一通りまとめてみるとこんな感じである。同じ場所を天候を変えて再登場させたり、最初の場面を再現させたり、東屋のシーンを主題としたロンド形式でかかれていたりと音楽的な作品である。

音楽的手法で書かれたアニメ作品~時間芸術としての「秒速5センチメートル」と「言の葉の庭」

新海誠監督作品について考えたこと トップ

雑記林トップ

広告



シェア、拡散歓迎です!宜しくお願いします。