日本でも同じですよ。。。「陽だまりの朝食」の感想

「詩季折々」(リ・ハリオン総監督)を鑑賞してきた。三作のオムニバス形式の連作アニメーション映である。
その中の「陽だまりの朝食」(イシャオシン監督)について書こうと思う。以下本編の内容にに触れているので未視聴の方はご注意願いたい。では、いきなりラストに触れて書く

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 私も最近祖父が逝った。それだけにラストシーンは胸が熱くなるのを感じた。
 この世代は食に対する想いが大きい。食べられることこそ幸せだと思っている。戦争がもたらした食糧難を経験しているからだそうだ。電話口では「何か食べたいものあるか?」だし遊びに行った時も沢山食べさせてくれる。祖母の姉なんて終戦を都会で迎えているから凄かった。もうお腹一杯といってるのにすすめて呉れるしお土産もしっかり持たせてくれる。彼女も数年前に亡くなっている。
 現代の日本ではそのような世代が天寿を全うしていく時代であり、私の同世代は祖父母との思いでの中に食べ物がある世代だと思う。その点で共通するものがある。
 この作品のおばあちゃんも戦争の経験があるのだろうか?第二次世界大戦は世界中を巻き込んだ戦争である。この前「アンネの日記」(アンネフランク)や「思いでのアンネフランク」(ミープヒース)を読んでいた時アムステルダムでも同じように食料が手に入らない状況で苦労したことを知った。戦後でも食べ物を無駄にできなくなったというのは日本人も同じである。敵味方関係なく共感できる。中国でも同じような状況だったのだろうか?
 それか中国では他の要因で食料が手に入らない時期があったのだろうか?あのおばあちゃんの人生に思いを馳せてみた。
 そして八月は終戦の月である。それだけに食糧難の話を耳にする機会も多い。そんな月にこんな作品を見たら余計思い出が溢れ出すではないか!もしかして中国でも同じなのか?同じ時代に生きる人なら国境を越えて共感できることなのだろうか?

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