平成時代に一区切り。今噛みしめたい沖縄戦の爪痕。

先日、沖縄に行っていた。大東亜戦争の激戦地である沖縄である。民間人にも多大なる犠牲を払った。そんな土地だけに先ずは戦跡を訪れたいと思った。

有名なところでは平和祈念公園やひめゆりの塔であろう。私もそこに行こうとして空港からモノレールに乗り赤嶺駅へ。そして糸満のバスターミナル行きのバスに乗り換えた。その終点でまた乗り継ぎなのだがうかうかとしているヒマに乗り遅れてしまった。次のバスは一時間後である。折角なので歩いて辿り着けないこともなさそうなので歩いてみた。そうしたら糸満ロータリーに何か聳え立っていた。よくよく見たら琉球様式の墓場らしい。寺院であろうか。
その上は展望台みたいになっていて東屋みたいなものが見える。登れそうであるが部外者が侵入するのが憚れる墓地に迷い込んでしまった。そしてちょっと回り込んだところに坂道を発見。登ってしたら展望台に出られた。そこで出会ったのがこの痛ましい戦跡である。

この国旗掲揚台は昭和9年に皇太子殿下誕生(現天皇の誕生)を祝い建てられた。そしてその後沖縄戦に巻き込まれ現在のような姿となってしまった。沖縄県民の忠誠をも感じられ結果として守りきれなかった事は無念である。銃弾により破壊された跡は抉られた領土にも似ている。
今上陛下は戦争やその後の復興、高度成長期を国民と共に歩まれた。戦争経験世代の方には同世代という感覚があるという。沖縄にも度々訪問された。陛下の心境を表しているようにも思える。

隣りの「御大典記念山嶺毛改修碑」は昭和天皇のご即位を記念して建てられた。敵の標的になるとして軍によって切り倒されてしまった。同じく弾の跡が残る。

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糸満防空監視哨である。現在は那覇空港に着陸する旅客機が順序良く飛行していくのがよく見える。しかし、戦中は敵の戦闘機、爆撃機が空の彼方からやって来る場所であった。双眼鏡でなくカメラのレンズを向けている自分の行為が呑気なことだと思ってしまう。

糸満の町にはかつては特徴的な瓦の屋根が立ち並んでいたそうだ。現在では数えられる程になってしまっている。残っているうちに見ておきたいものである。

退位を本年中に控えており時代に一つの区切りをつけようとしている。そんな今こそ目に焼き付けておきたい遺跡である。陛下の人生を物語っているような遺跡である。空港からひめゆりの塔方面へ向かうとき、うまく乗り継いだ場合に素通りしてしまう事になる。一本見送って訪問してみてはいかがであろうか?

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