【新海誠展】電鉄系&呉服屋系 会場の個性、歴史が滲み出た百貨店開催

 百貨店には大きく分けて「呉服屋系」と「電鉄系」がある。明治以前から続くものも多い呉服屋から発展した百貨店と電鉄会社がターミナル駅に建てたものである。
 名古屋でラストを飾る「新海誠展」は二年間の間各地を巡回していた。美術館での開催が多かったが百貨店の催事場での開催も2か所ある。大阪の阪急百貨店と名古屋のJR高島屋である。両会場とも美術館に比べると展示会自体の規模は小さいが百貨店ならではの企画を展開し来場者を楽しませている。

 ただ同じ百貨店といえどそれぞれ違う歴史や文化があるようで異なった企画を展開している。

「食」の阪急百貨店会場
 阪急といえば山の手、富裕層が居住する地域を走っている。そのためか百貨店も高級感があるように思える。しかしやはり電鉄系の百貨店らしい歴史を持っている。というか他の電鉄系百貨店は阪急百貨店を追随したものである。初めは食堂を開店させ百貨店部分は白木屋という呉服店を入居させたものだった。その後契約期間満了を理由に白木屋に駅ビルから撤退させ独自の百貨店を開店させた。開店新聞広告に「どこよりもよい品物を、どこよりも安く売りたい」とのコピーを入れたように開業当初は大衆向けの路線を採っていた。沿線の行楽に向かう人々への弁当販売を手がけたりターミナルデパートならではの手法をとっていた。食堂も昭和初期、当時高級品だったカレーライスが25銭で食べられたり。昭和恐慌時にはライスだけを注文し卓上ソースをかけて飢えをしのぐ客ももてなした。大衆食堂がその歴史の始まりの百貨店である。

 今回の新海誠展のコラボ企画も食に関するものであった。会場と同じ階のカフェのメニューに作品に登場する料理や作品をイメージしたものが登場した。価格も手頃なものであった。お出かけの一部としての食を堪能できた。
 期間限定メニューはその期間だけの為に作り方等を覚えねばならず現場も大変であったと思う。私にも飲食店でのアルバイト経験があるのでよくわかる。それを乗り越え来場者をもてなすこの企画はソーライスに通じるものを感じた。

「タカオの幸せオムライス」作中で料理上手のイケメン男子が料理が苦手な恋人の為に作ったオムライスを再現。普通に食べてもおいしいが物語の幸せな世界が口の中で綻ぶので二度おいしい。

 
「鉱石が光る地下への扉パフェ」地下世界への扉をイメージしたパフェ。食べ進めるといろいろとザクザク出てきて冒険してるみたいな気分。柑橘系の味がした。物語の季節が夏ということで夏みかんの印象。

「衣」のJR高島屋会場
 鉄道会社の名前と呉服屋系百貨店の名前が入っているがこれはどっちの系統なのだろうか?JRが駅ビルを建て替え巨大なタワーを立てた時に開店した新しい百貨店である。
 高島屋の歴史は1831年(天保2年)初代の飯田新七が、京都烏丸松原で、古着・木綿商「たかしまや」を創業。したことに始まる。れっきとた呉服屋である。一方で阪急の終着駅がある河原町や南海のターミナルへの出店(移転)も目立つ。

 今回の新海誠展ではブランドと提携した商品を発売。職人の手で一つ一つ手作りされたグッズを数量限定で販売している。お値段もそれ相応である。これは呉服屋のコネがあってこその企画ではないだろうか?
 またこの店舗は玄関に拘っている。入ってすぐ売り場という訳でなくその時々で展示が変わっているのだ。前を通るたびについつい覗いてしまっている。新海誠展の飾りも素敵である。ゲートタワーの方は期間が短いが玄関口にヴェラシーラが悠々と飛んでいる。
 そして、会場内のグッズ売り場の図録の積み方も芸術的である。

 同じ巡回展を様々な会場で拝見していると開場毎の工夫や施設の役割も滲み出ていて興味深かった。百貨店にもそれぞれの歴史があって面白い。ただ物を流すだけでない何かが確かにある。その百貨店業界も転換期を迎えているのか地方都市での閉店や大手の経営統合などがニュースになったりする。それは一つの文化の転換点でもあるように思えた。個性がある店舗たちの故に気になるところでもある。そしてこの国の文化にもどのような影響を与えるのであろうか?ますます興味が湧いてきた。

広告



シェア、拡散歓迎です!宜しくお願いします。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

CAPTCHA