名松線未成線歩きの旅その5~奥津宿へ至る道

交差点が在る所に道の間違いはある。進路を誤れば本日中に辿り着けるか危うい時間でもある。日も山の向こうへ向かい始めている。スマホの地図と現地を何度も照らし合わせた。この細い道が三重県へと引き返して行く道のようだ。
バス停が在る。どうやらここが大半のバスが折り返して了う地点のようだ。直通するのは一日一往復である。そして隣にはコミュニティーバスのバス停も立っている。ここから先が本当に寂れているからバスの本数が減る訳ではなさそうだ。行政区分の関係や元々人口の流動が少なくここで区切るのが合理的のようだ。
ここから先は下り坂である。この勾配を鉄道が通るのは確かに難しいだろう。トンネルで計画されたのも頷ける。すると三重県内に納まるようにショートカットされたであろう。もし開通した場合分割民営化の際にどう継承されたかネットの掲示板で話題になっていた。今回のように未成線を辿る場合は奈良県を掠るためもしかしたらJR東海が奈良県内に路線を持っていたであろうという説もあった。然し、その可能性は低かったと思われる。あったとしてもトンネルで掠るくらいであろう。
ずんずんと谷間へ降りていく。両脇に民家が在るので寂しい感じがしない。コミュニティーバスが必要なも頷ける。雰囲気はこれまで歩いて来た村々とだいぶ異なり狭い谷間に密集しているようだ。田圃が広々としている感じは無い。すぐ近くに居ながら異なった生活を営みそれぞれに文化がある。村々であるのだろう。交通が分断されているのも元々繋がりがあまり無かったからでは無いだろうか。もし鉄道が繋がっていたらどうなっていたであろうか。気になるところでもある。

振り返ると空が茜色に染まっている。このままずっと見つめていたい光景である。これを背にして歩かねばならないのはなんと勿体ない。然し歩く。また振り返る。そんな事を繰り返しているものだから日没迄に到着することは叶わず辺りはすっかり暗くなって了った。不気味である。何か明るい物が煌々としていると思ったら廃業したガソリンスタンド跡に立つ自動販売機であった。それ以外に灯りはほぼ無い。そして短い距離ではあるが民家が途切れたりもする。
やがて行燈風の電灯が優しく灯っていた。「奥津宿」。ここは宿場町であったようだ。江戸時代の旅人もこんな風に行燈の灯りに安堵したのだろうか。
道が分かれており街の中に入って来た事を実感する。このまま真っ直ぐに行けば線路が見える筈である。すると最終列車がやってきた。当たり前の光景の筈だが達成感がある。鉄道が通っていることが不思議なことさえ思えてきた。そして大きな疲労感に襲われた。ここは駅の裏側なのだ。駅舎に邪魔される事無く列車を眺められるが「今日の寝床」迄回り道して行かなければならない。最終列車といえど早い時間に終わって了うので夜はまだ長い。回送を見送ってからぼちぼち行く事にした。それにしても長い時間停車している。折り返しに際して何かやらなければならない事があるのだろうか。

ようやく列車が一条の光を描きながら谷の向こうへと去って行った。辺りは虫の声が心地よく響いている。特にする事もなく地図を頼りに駅舎へと向かった。最近整備された集会所の一角に待合室がある。新しく綺麗な駅だ。
ホームに出て夕食を摂った。名張で購入した弁当だ。折角なので山の気に囲まれながら食べよう。ホームの灯りは未だ点いているので助かった。駅の向かいが神社になっていて赤い鳥居はよく目立った。そして程々の時間に寝袋に入った。明日の朝名松線完乗である。

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