「銀河鉄道の夜」に匹敵する名作なるか!? 「天気の子」考察&レビュー其の一

 公開から一週間が経ちますます熱を帯びる「天気の子」(新海誠)私は初日0時からの世界最速上映と9時からの一斉上映の2回拝見した。内容が濃すぎて一瞬たりとも退屈させない映画であった。前作の「君の名。」はと比べ薄暗くほろ苦い印象である。そして胸を打つ余韻が大きく人間の力強さも感じさせられる。
 遅くなったが私もレビューとか考察とかを書こうと思う。

「天気の子」と宮沢賢治

 新海監督の作品には宮沢賢治の作品の影響と思われるシーンが多い例を挙げると
・「星を追う子ども」でシュンが星に手を伸ばすも落ちていくシーンは「よだかの星」のようである
・「君の名は。」のカフェになったバス停は宮守のバス停である賢治が「銀河鉄道の夜」の着想を得たのは宮守の鉄橋である。
・「君の名は。」の片割れ時のシーンは「シグナルとシグナレス」に酷似している

等々多数挙げられる。(以前書いた記事です)(これは宮沢賢治の世界そっくり。

・「銀河鉄道の夜」の余韻に挑戦?
 「天気の子」は「銀河鉄道の夜」に余韻 の大きさ結論の出ない問いかけという点が共通している。「幸い」とは何であろうか、自己犠牲は正しいのか美徳であるのか。その問いをはっきりさせないままに余韻を残し終わっている。新海は賢治を超えたか。少なくとも比較の対象として問題ないレベルであると思う。

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・平和ボケと世界情勢を描いているようにも見える。
 宮沢賢治も天候操作を行う作品を書いている。「グスコーブドリの伝記」である。これを読むと如何に現代の東京が日本が恵まれているかが分かる。天候不順は凶作につながり飢饉を引き起こす。本来はそういうものである。しかし「天気の子」では気分を左右するものに留まっている。それを自然に受け入れている。受け入れるなんて呑気なもののように思える。だが小説版では帆高が農学を志すだけに物語の世界を蝕んでる問題のようだ。まるで日本人との戦争のようだ。戦争など過去の事で普段は大して関係のないことである。日常のこと、身の回りの事、近くの大切な人のことを考えていたらすぐに埋もれてしまう問題だ。しかし地球上では争いが絶えず日本も巻き込まれるような事態に少しずつ繋がっているのかもしれない。そんな気もする今日の世界情勢にも似ている。

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