「天気の子」と「原爆の子」 「天気の子」考察&レビュー其の三

 一部の人たちの間で予告編を見て原爆の話ではないかと囁かれていました。その根拠になっているのは

・雲の形が引き抜く雲みたい
・冒頭の陽菜が降りてくるシーンで雲の間から東京の街が見え始める場面。そこで切り取られた東京の街は中洲の部分で広島ぽく見える
・赤く燃えた太陽が臨界状態の原爆にも見える
・雨から黒い雨を連想させられる

 以上の点です。しかし、封切られてみると原爆に一見関係のない内容で以降立ち消えになっています。しかし、「君の名は。」も226事件や大東亜戦争時の東京への空襲更にはホロコーストに結び付くのだからよくよく見たら何かしら戦争等人類の悲しい歴史に結びつくのではないかと。

 結論としてはやっぱり原爆の話であろうと考えられます。陽菜のモデルは「原爆の子(の像)」ではないでしょうか。
・ツインテールである
 原爆の子の像はツインテールである
・晴れを祈っている
 原爆によって空が穢されないように祈ってるのですから青空を祈ってるとも言えます

参考リンク「広島広域観光情報公式サイト『ひろたび』 原爆の子の像」
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 という共通点があります。原爆の子こと佐々木貞子さんをはじめとする戦没者は平和の人柱とも言えるでしょう。彼女たちの犠牲から得た教訓から反戦とか核廃絶とか言った運動につながるのです。或は原爆が落とされたから先の大戦を収束する方向に向かったと考える人もいます。犠牲の上に成り立つ平和なのです。そして平和な世の中で暮らすというだけで人柱に頼ってしまっているのです。
 当然彼女たちにも家族や友人がいるのです。誰かの大切な人、帆高や凪にとっての陽菜のような人なのです。そんな人が原爆の子として平和の人柱になっている。それにしても何故彼女なのでしょうか。理不尽な問いです。そして彼女だったから私たちは生きているのです。私は被爆3世だから祖父が原爆による病を発症していたら存在すらしなかったのかもしれないのです。そうならなかったから今があるのです。平和の青空というのはこうして出来上がったものですね。なんだか罪深く感じます。私たちは只々晴れを喜んでいた人たちと同じではないでしょうか。
 アニメの世界の帆高は羨ましいです。人柱だった陽菜を取り戻すことができて。佐々木さんの同級生だって同窓よりも 本人だと思っているでしょう。貞子さんも平和のアイドルみたいなことをやめて普通の女の子に戻りたいでしょう。だけど現実はそうはいかないのです。映画はどうしようもない現実への慰めでもあるとはこういうことでしょうか。
 そう考えると「天気の子」のラストの東京の姿が清々しく思います。人間が手を加える前の姿に戻し人類の忌々しい歴史を丸ごと水に沈めてしまう。それで上等なのではないでしょうか。
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