「銀河鉄道の夜」に匹敵する名作なるか!? 「天気の子」考察&レビュー其の一

 公開から一週間が経ちますます熱を帯びる「天気の子」(新海誠)私は初日0時からの世界最速上映と9時からの一斉上映の2回拝見した。内容が濃すぎて一瞬たりとも退屈させない映画であった。前作の「君の名。」はと比べ薄暗くほろ苦い印象である。そして胸を打つ余韻が大きく人間の力強さも感じさせられる。
 遅くなったが私もレビューとか考察とかを書こうと思う。

「天気の子」と宮沢賢治

 新海監督の作品には宮沢賢治の作品の影響と思われるシーンが多い例を挙げると
・「星を追う子ども」でシュンが星に手を伸ばすも落ちていくシーンは「よだかの星」のようである
・「君の名は。」のカフェになったバス停は宮守のバス停である賢治が「銀河鉄道の夜」の着想を得たのは宮守の鉄橋である。
・「君の名は。」の片割れ時のシーンは「シグナルとシグナレス」に酷似している

等々多数挙げられる。(以前書いた記事です)(これは宮沢賢治の世界そっくり。

・「銀河鉄道の夜」の余韻に挑戦?
 「天気の子」は「銀河鉄道の夜」に余韻 の大きさ結論の出ない問いかけという点が共通している。「幸い」とは何であろうか、自己犠牲は正しいのか美徳であるのか。その問いをはっきりさせないままに余韻を残し終わっている。新海は賢治を超えたか。少なくとも比較の対象として問題ないレベルであると思う。

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・平和ボケと世界情勢を描いているようにも見える。
 宮沢賢治も天候操作を行う作品を書いている。「グスコーブドリの伝記」である。これを読むと如何に現代の東京が日本が恵まれているかが分かる。天候不順は凶作につながり飢饉を引き起こす。本来はそういうものである。しかし「天気の子」では気分を左右するものに留まっている。それを自然に受け入れている。受け入れるなんて呑気なもののように思える。だが小説版では帆高が農学を志すだけに物語の世界を蝕んでる問題のようだ。まるで日本人との戦争のようだ。戦争など過去の事で普段は大して関係のないことである。日常のこと、身の回りの事、近くの大切な人のことを考えていたらすぐに埋もれてしまう問題だ。しかし地球上では争いが絶えず日本も巻き込まれるような事態に少しずつ繋がっているのかもしれない。そんな気もする今日の世界情勢にも似ている。

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「君の名は。」の核心について探ってみたら「戦争の間接体験」という答えが出て来た。

 約3年前の公開時から様々な考察や解釈がネット上で飛び交っている「君の名は。」(新海誠2016)。単純な男女の関係に留まらない奥深さがある作品です。私もその魅力に惹かれた一人であります。そして色々と考えていたら実は戦争を描いた作品と見る事が出来る事に気が付きました。

ポイントは
・聖地(舞台)が戦跡
・アンネの日記と入れ替わり
・アンネの日記を思わせる表現
・戦争の前線と報道

これらの事から「君の名は。」は戦争の間接的な体験を描いた作品であるとの見方が出来ました。
マグカップの猫の意味や何故美術館でデートしたり神社で出会うかもこう考えればすっきりです。

・直接的な体験と間接的な体験

 初めにこのことについてさらっておきます。
 直接的な体験とは実際に戦争に巻き込まれた体験です。それを描いた作品の例としては「火垂るの墓」(原作野坂昭如1968 アニメ映画高畑勲1988)や「はだしのゲン」(原作中沢啓治
1973-1987アニメ映画真崎守1983)が有名です。また「宇宙戦艦ヤマト」等で有名な松本零士氏のように自身の直接的な体験を作品に反映させている作家もいます。
 一方、「君の名は。」は戦争に巻き込まれる事が無い現代日本が舞台です。また監督も戦後生まれです。恐らく戦争を直接知らないと言う事です。
 しかし、戦争というものを知る事が出来て疑似体験する事が出来ます。それを描いてるのが「君の名は。」です。その事について見て行こうと思います。

聖地(舞台)が戦跡
 物語の舞台になった所をアニメのファンは「聖地」と呼びます。私もその「聖地」を巡礼してみました。そこで戦争や旧日本軍の存在に気付かされました。

・国立新美術館

 奥寺先輩とのデートの場所です。何故ここに広々とした国有地があり美術館を建てられたか。それは戦前軍の施設だったものを国が引き継いでるのです。東京には戦前、軍の施設も数多く在り軍都の一面も有していました。その一つである「歩兵第三連隊」の兵舎がそこにあったのです。この歩兵第三連隊ですが226事件の主力部隊でもあります。クーデター、つまり世界を変えようとした人達に対し上層部のコントロールが一時効かない状態になった訳ですね。そんな事があった場所で写真を見て飛騨に導かれた瀧君は物語の後半の入れ替わりで世界を変えようとして大人達のコントロールが効かない状態になったわけです。まるで226事件の首謀者が「後に続け」と囁いたかのようです。

・須賀神社

 最後に出会った階段がある神社です。皆階段で記念撮影をしていますね。この神社には「三十六歌仙絵」なるものが伝えられています。この絵が戦争により運命を左右されました。
 戦争末期の空襲で本殿は焼かれてしまいました。然し、この絵は疎開、つまり避難させられており無事で私たちが出会う事が出来ます。三葉を初めとする糸守町民と同じです。これをなぞっているように思います。
 身の周りの遺跡から過去の出来事を知ることができるのです。こうやって私達も戦争につながるわけです。
以前書いた聖地巡礼レポートはこちら
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「アンネの日記」と入れ替わり
「君の名は。」の瀧と三葉のコミュニケーションはアンネと私達とのコミュニケーションによく似ています。時間と場所を隔てたコミュニケーションなのです。
 「アンネの日記」とは戦争で亡くなったユダヤ人の女の子の日記です。戦争中ヒトラー率いるナチスドイツはユダヤ人を虐殺していました。見つけて捕まえて殺していたのです。そこでユダヤ人である彼女らは見つからないように隠れ家に身を潜めていたのです。結局見つかってしまい連れ出されてしまいました。後日彼女が記した日記が見つかり戦後出版されたのです。
 そこに記されていた事は隠れ家での日常や戦争に対する想いや思春期ならではの心の動き等様々です。これらの「想い」が何十年という時間やアムステルダムと日本という場所を隔てて私達に届くのです。時間と場所を隔てて想いが伝わる訳です。現実の世界では時間的に逆行させて双方向のコミュニケーションは出来ないのが残念ですが瀧と三葉のコミュニケーションによく似ています。
 「アンネの日記」は著者が現代の日本で言う中学生の年頃に書かれたものです。だから中学生が読むと「時間と場所がズレているけど同じ中学生」という事です。
 あるいはこう考えましょう。瀧は生きていれば20歳の人の17歳の時の想いを受け取った。私達は生きていれば90歳の人の13歳から15歳にかけての声を受け取ったと。
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 「アンネの日記」を想わせる表現
「君の名は。」では「アンネの日記」を思い起こさせる表現が見られます。
・マグカップの猫と日記
アンネは日記に「キティー」と名付けそれを友達だと思って話を聞いて貰うものであるという設定で書かれています。瀧の机の上のマグカップの猫が顔を覗かせるのはスマホの日記を書いている時。猫(=キティ)に話しかけているようです。
・日記でチクる
 アンネと同じ隠れ家に住んでいたペーター君は隠れて女の人の体について書かれている本を読んでいて大人に見つかるなんていう事がありました。何故私が知っているのか。「日記」によってチクられたからです。
 「君の名は。」でチクったのは妹の四葉です。彼女は猫のヘアゴムをしています。彼女もまた「日記」なのです。
・スパークルの歌詞の解釈
 「アンネの日記」と現代日本を掛け合わせていると言えるのです。改めて書くと長くなりますのでこちらを参照ください。
平成末期の日本人の視点で「スパークル」を解釈

アンネの視点で「スパークル」を解釈

アマゾンのリンクです。キンドル版もあります。是非是非ご一読ください

アンネの日記 増補新訂版


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「ニンテンドー・ウォー」と彗星
1991年の湾岸戦争ですが「ニンテンドー・ウォー」とも呼ばれていた戦争。ですなぜ「ニンテンドー」なのでしょうか。それはテレビの画面に映し出されたニュース番組の映像がゲームに似てキラキラしていたからです。確かに緑色の光を放つ夜間の戦闘の様子はレーザーショーや花火を見ているようです。しかし、戦場という事には変わりなく、人が生死を賭けて闘っているのです。
 つまり
・世界中の人々がキラキラとしたものを見ている
・現地では生死がかかっている人々がいる

 という構図なのです。「君の名は。」の彗星が落ちて来るシーンがあります。そこでは世界中の人達がキラキラとした彗星を見ている一方で三葉達は生死をかけて奮闘していますね。同じ構図です。

 平和ボケと言われて久しい国や地域ではゲームや映画の一コマとして映るかもしれません。然しその中では放送することが出来ない程グロテスクな現実があるもの。それを意識してみてはどうでしょうか。
 報道によって私達は遠い土地での戦争を知り疑似体験することができます。ですがそれの捉え方には注意が必要なのでしょう。
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 次作公開前にここ迄突き詰めてみました。考えすぎでしょうか?

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レイワ・エイワ!永和駅に行きました!

明治以降の元号と同じ駅名が全国にある。平成の終わりにそれらの駅巡りが流行っていた。だが「令和駅」という駅名は現在の処存在しない。果たしてどの鉄道事業者が設置するのであろうか。それも気になるが韻がよく似た駅名ならば名古屋近郊に在る。JR関西線の永和駅である。令和から「R」を除いただけである。それで行ってみる事にした。

 蟹江駅の次の駅である。名古屋市内の小駅を通り過ぎて了った。そして田圃の中を走り続ける。青々とした5月の生命力が有る土地だ。空は生憎曇っている。街にしたら長い駅間だなと思っていたら駅が見えて来た。中線もある分だけ堂々とした堂々とした国鉄風の駅である。関西線に幾つも有るタイプの駅だ。大阪に行く時に通った筈だが一介の駅として認識していたようだ。
向かいに田圃が広がる地域の駅。一本の木を中心にしたオアシスのような茂みガ青々としている。そしてホームに待合室がある。これは駅寝出来たのかもしれない。
 駅舎は窓口までありローカル線の一駅にしては立派なものである。小じんまりとした木造駅舎。駅前には住宅が立ち並び町を形作っている。どうやら駅裏開発が進んでいないだけで結構栄えている処のようだ。大過ぎず寂れた雰囲気もしない地域の駅という印象だ。

 令和最初の日の入場券を購入。これはネタとして受けるであろうかこの人的には面白いと思うそして入場していただいたこの日は確かに友人役であった新しい時代もこうであり続けますように。

 いつものように駅舎の写真を撮っていると雨がパラパラと降り出した。何かグズグズとした空模様。何か起きる前兆だろうか。
 雨が降ってないタイミングで特急南紀号の通過。最近はたまに片方の線路を直線にした駅をスマートに通過して行く単線区間もたまにあるが、ここは昭和のまま。ポイントの急カーブを おっちらおっちら過ぎて行く。そして再び加速する時のエンジン音がまた雄々しい。
 列車本数はそれなりにあるが矢張り単線区間。流石にこれ以上長居できない。普通列車は貴重な停車列車。朝早いこともあり街へ出掛ける人が多く集まった。ホーム上の待合室から人が溢れている。いつぞやの大正駅と違い元号目当ての人は居なさそうだ。また雲の渦が巡ってきたようで小雨がパラパラ。天の奥で何か生まれつつあるような中駅を後にした。

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新海誠監督作品について考えたこと

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令和一杯目の名古屋駅ホームきしめん!

 当たり前だが元号が改まったからと言って特別変わった事は無い。私だけがそわそわしている中央線の列車は定刻通り名古屋駅に着いた。

 ホームの豊橋寄りに在るきしめん屋は未だ開いていない。ネットで調べた通り7時からの営業である。他のホームはどうであろうか。時間に余裕があるので周ってみた。店に掲出されている営業時間は全てのホーム朝7時からである。然し終了時間は20時30分で閉める店と21時30分迄開いている店がある。

豊橋方
・東海道線下り1・2番線 21時30分

・東海道線下り3・4番線 20時30分

・東海道線上り5・6番線 21時30分

・中央線7・8番線    21時30分

・関西線、特急10・11番線 20時30分

岐阜方
・5・6番線ホーム「憩」21時30分

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 いつも何となく開いていたら利用しており意識していなかったがこういう事らしい。ご参考までに。

 放送も「停車駅は八田、春田(略)永和(略)」と特に変わった様子も無く坦々と駅名を読み上げてゆく。良い事思いついた。この放送のお陰で大事な事を思い出せた。

 日本を代表する列車、のぞみ号も朝日を浴びて煌めいている。一番列車は最早出発している。拝んでおけば良かったかな。そして10番線ホームにはしなの1号の表示。令和一本目のしなの号だ。7時丁度発なのできしめん屋の開店と同時である。特急列車の時刻に合わせてもう少し早く開けて呉れても良いのに。

 換気扇が回り始める。出汁の匂いが大放出され始める。始まるぞ、令和が。もう始まっていたが駅そば・うどんマニア的な意味での始まりだ。

 ホームにはしなの1号が入線して来た。ゴールデンウィークらしく行楽客が多い。連休中盤なので穏やかだが初日は大変であっただろう。

 きしめんの看板の明かりが点きしなの号のホームがざわざわし始める。長かった。そう感じたのは私だけのようだ。令和一杯目を狙って待機しているのは私くらいなものだった。
「まもなく扉が閉まります。」

 との放送。そして扉が開いた。閉まるのはしなの号の扉開くのはきしめん屋の扉。結局待機していたのは私だけ。悠々と食券を買いしなの号を見送った。

 一杯目はシンプルであり基本であるきしめんを注文。店内は次々に客が入り賑わっている。開店と同時にこんな感じであるのだからもう少し早くに開けても良さそうだ。フライヤーも店自慢の揚げたて天麩羅作りに余念が無く良い音を立てている。

 一番初めに注文し早く出来るこれがこの店舗の一杯目。名古屋駅と言えばこれだよな。一口食べてみた。令和も宜しく、この味。昨夜の飲酒もあり卵も追加する事にした。酒の後にはこれが良い。

 乗車迄時間があるのでゆっくり味わった。達成感がある。その為初完食にはならなかったがこれもまた良し。

その後例の{良い事」をしに行ったのでした。続く

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新海誠監督作品について考えたこと

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令和の夜明けを駅寝で迎えたという話

 古虎渓駅寝
 平成最後の日、私は名残惜しく乗り鉄三昧の一日にして了った。そして閉店間際の駅そば、つまり平成最後の一杯を完食し一度帰宅。最も当初は電車の中で改元を迎えそのまま帰宅する予定であった。だが、やっぱり駅寝したくなり「一寸した秘境」駅に行く事にした。そんな事しているいるから駅迄ダッシュする羽目になった。

 某駅にとっての平成最終列車。馴染みある駅、路線、そして車両でその瞬間を迎える事にした。自分にとっての特別な場所なのである。酒とジョイント音と共に令和を迎えた。零時になった瞬間車内放送での案内は無く他の乗客も特に盛り上がる様子も無くいつもの電車であった。実感が湧かないけど令和になったようだ。

 古虎渓駅に着いた。ホームは大きく曲がっており身をくねらせた長い列車が明かりにギラギラと照らされている。そして、いつも通り発車して行った。改めて駅を見てみると力強いカーブだなという印象だ。

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 駅舎の前に人が数人残っている。山に隔てられているとは言え団地も近い為生活の一部としている人も多い。だから利用者が多い駅だ。駅寝出来るであろうか。少ししたら皆迎えの車がやって来て帰って行った。これで一安心。晩酌を再開する。なかなか立派な木の椅子が残る。昭和時代のものらしい。最終の普通列車、それからゆっくり通過してゆく快速列車共に穏やかな列車であった。それから腹の底から響くバリトン声のようなモーター音が聞こえて来たと思ったらタキであった。新元号も長野のライフラインとしての力強さを感じる。

 みんな帰ったと思って駅舎を写そうと表に出たら何と未だ人が残っているではないか。迎え待ちだとは思うがどうなる改元駅寝。終電から一時間経つ。彼も凍死の心配は無いから寝るつもりかな。などと考えていたら無事お迎えが来た。矢張りこんなことをするのは私くらいなものだ。

 その後は普通の駅寝であった。取り敢えずホームの撮影。駅名板の光の当たり方が妖しくて良い。その最中に点字ブロックに血痕らしきものが付いているのに気が付き少しぞっとした。数年前あったんだよな、自殺が。
 平成最後の本屋での買い物は百合姫。これを読んでいるうちに眠くなり就寝。駅舎内、ホームのどちらも明かりは点きっ放しだ。

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 鳥がチロチロ鳴いている。都会の鳥ではないな。そう考えながら目を覚ました。雨は引き続きパラパラと降っている雲が深く立ち込め谷の中という感じの朝だ。その後ろから令和の明かりが光っている。神々しい雰囲気であった。昨夜のタキはそれこそ瀧であったかのようだ。それが昇って行った方にエネルギーを感じる。

 始発の時刻が近付くと人が集まりだす。と言っても数人だ。こんな休日に朝早くから動く人が山奥では珍しい。

 一番列車の車内はそこそこ席が埋まっていた。大きなスーツケースを持った人が目立つ。新幹線に乗り換えて出かけるようだ。
 朝日ははっきりとは見えないが新しい時代が沸き立っていた。流石改元と言える朝であった。

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新海誠監督作品について考えたこと

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平成について思う事。

「平成」とは何であっただろうか。私にとって初めての改元である。そして平成が失われたように思う。全く主観的なぼやきであるが書かずに居られない。

 私は平成三年生まれ。湾岸戦争の年のようだ。だから「大人」はみんな昭和の人達。自分達は平成といった具合に大人と子どもを分けるものであり、同世代の仲間という感じであった。

 それから平成と共に歳を重ねて来た感じがある。履歴者は全部平成で十分だった。

 そんな感じで今のところ人生そのものだったように思う。寺山修司の「我に五月を」が身に染みる。今まで人生に関わって来たものが失われ新たに誕生する。丁度五月である。

 そんなわけで平成最後の日と令和誕生の日は彷徨っていた。数々の儀式といった公のものの事はあんまり考えていなかった。只々乗り鉄して彷徨っていた。駅寝の事とかはこれからゆっくり書くとして日付が変わる前に一筆といった具合である。

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7城崎温泉、タオルを貰って足湯(フットバース!)~駅メモ!城崎イベント駅巡り 律儀に全駅途中下車

 玄武洞の辺りをゆっくり走って城崎温泉駅に到着。瑞風を見送りに来て以来だ。改札を出たら正面にこのりさんがお出迎え。みどりの窓口の所にもいる。駅を挙げて推しているのだな。というかよく見たら駅員ではないか。それ迄旅館の人かと思っていた。
 日帰りは矢張り時間が無い。道に迷ったら間に合わなくなりそうなので先ず目的のタオルをゲット。メモラーらしき人が何人か居るではではないか。同じ18切符使い切り目的の方々だろうか。
 この城崎ツーリストインフォメーション「SOZORO」は和風カフェを兼ねた観光案内所。日本人でも外国人でも道中の疲れから解放されがてら旅の計画を立てるのに良さそうだ。
 駅前に足湯がある。先日丁度ズッコケて足に怪我していたので浸ってみた。結構しみた。おかげで二週間程経った執筆時ではだいぶ良くなっている。流石鉄道事故に遭った志賀直哉が湯治に使った名湯。
 そして早速タオルを使用。丁度良かった。使わず取っておく人も多いけどこれが本来の目的だと思う。

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 帰りは呑み鉄するぞ。ただ、ビール1缶では足りなさそうだ。そこで日本酒とちくわを購入。ここの売店はおつまみと日本酒がセットになった千五百円の商品もあって高級感がある。温泉血は客層や来る目的が違うな。

 私は18切符の貧乏旅行。福知山行きの鈍行列車で缶ビールとカップ酒。これもまた良し。

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6豊岡過ぎたらいよいよ~駅メモ!城崎イベント駅巡り 律儀に全駅途中下車

 ディーゼルカーの車庫がある。ラッセル車もあり冬の日本海側の厳しさを物語る。ここは余部鉄橋もある県境の秘境区間への入り口。電化区間は二つ先の城崎温泉迄。普通列車の運行上の区切りとなる駅でもある。私が乗って来た電車はここが終点。気動車とは30分位での連絡だ。故に滞在時間が短い。

 主要駅という感じのみどりの窓口。ゆるキャラも居て愉しい。

 駅舎は橋上駅舎。ショッピングセンターと連絡通路もある。残念ながら行っている暇はない。キオスクはカニ系の弁当が揃っているので乗り換えの時にオススメ。
 反対側に行っている時間は無い。ホームに降りたら既に入線していた。故障した鞄の自動販売機なるものがある。特産品なのは良いが果たしてこんな所で売っていて需要はあるのだろうか。1500円くらいするし。

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 遅れている特急列車を待ってからの発車。確か20分位遅れているような気がした。然し、元々の発車時刻が20分弱前だから数分の抑止で済んだ。次のチェックインポイントはいよいよ城崎温泉。

 途中の玄武洞という駅がまた秘境感があって駅寝欲をそそられる。今度行かねば。

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4鉄いぜ和田山~駅メモ!城崎イベント駅巡り 律儀に全駅途中下車

 鉄道マニアとしてはとても楽しい駅であった。何と言っても赤レンガの車庫がドンと鎮座しておられる。なかなか壮観である。ホームから対面出来るので手軽に楽しめる。跨線橋は割と新しい感じだ。両端がガラス張りになっている所からもそれを感じる。

 階段を降りて改札口へ向かうと可愛らしい電車達がお出迎え。玄関に佇む猫みたいだ。都会の駅ならば邪魔になって了いそうだがここなら平気らしい。

 駅の外観は現代的だ。跨線橋に一体になっている。駅前のロータリーにはモニュメントが設置され美しい。反対側のレトロなのとは対称的である。この時は雨もだいぶ止んでいた。

 この駅からは播但線も発車する。キハ40系気動車がいてエンジンを唸らてているのも雰囲気が出て良い。それにしても面白い顔だ。この平たい顔の車両はキハ41というらしい。恐らく短編成でも走れるように改造して運転台を取り付けたのであろう。魔改造というやつか。車内は普通にヨンマルで昼間からビールが進んでいるようだ。
 私は山陰線の電車の方に乗る。キハ41を見送った後同じホームにやって来たのは何と国鉄型の車両。未だ運用が残っているようでホッとした。ボックス席を余裕で占領出来るのも嬉しい。

 この車両、よく見たら車橋のボックスは駅メモの広告が貼ってある。我々からすれば特等席だ。折角なので揺れは大きいがここに移った。
 それにしても城崎でこの文言は悪い冗談か?文学を知っていて且ひねくれものだとそう思うだろう。志賀直哉は山手線の列車に撥ねられて重傷を負い湯治の為に城崎に訪れていた。その時の経験を基にして書いたのが有名な「城崎にて」である。実は人身事故がきっかけで有名になった温泉という側面もあるのだ。

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音威子府駅そば再開!  豊かさって何だろうね

 4月25日に音威子府駅の駅そば「常盤軒」が営業を再開したそうだ。営業時間が短く材料が無くなったら終了。その上味と色に定評がありマニアの間で「幻の駅そば」とか「伝説の駅そば」とか言われている。元々天北線との接続駅として賑わった時に営業を始めたが天北線は廃止され宗谷線の列車本数も少なくなって了った。乗降客もまばらになったが高齢の夫婦が今でもその味を守ってるという感じの店だ。それ故昨年突然営業が休止されて了った時は再開できるか不安に思う声も寄せられていた。

 以前このブログでも書いた通り訪問は果たせた。だが、その記事について心の中で引っかかる事がある。「そこに座って食べて下さい」という言葉の裏にはなにかあるのではないかとふと思うのだ。

・ぶっちゃけ「本来の駅そば」とは矛盾してるよねそこがまた良いのだが・・・
 駅そばといえば「立食」が基本である。乗り換えや少々長めの停車時間に掻き込むものである。そして、その店舗が在る駅はそこそこ利用のある駅である。そうでなければ需要が見込めない。

 音威子府駅も以前はそのような駅であったようだ。駅そば屋の存在がそれを伝え鉄道マニアの五感を刺激する。矢張り賑やかな駅は迫力がある。想像しただけでもドキドキする。
 しかし、よく考えれば淋しい事なのかもしれない。皆すぐに何処かに行って了う通過点。それが駅だったのかもしれない。現在の常盤軒は本来の駅そばの姿とは矛盾するけどそれで良いのかもしれない。本当の豊かさって何だろう。なかなか答えが出ずこの分を書いていて筆がちょくちょく止まる。

 思い返せばいろいろな方々にお世話になったな。どんな思いでそば(うどん)や旅人を送り出して呉れていたのだろうか。多くは語らない。ふつふつと思い出す。

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 時刻表とにらめっこしながらの旅はそれはそれでワクワクするし時間を見つけて立ち寄る駅そばはあたたかく旅の心の栄養でもありやめられない。これはこれで好きなのだ。でも、ゆっくり行く旅のスタイルもあるのかな。

 前回の音威子府は日帰りの日程になって了った。だけど撮り鉄しにぶらりと外を歩いていたが自然豊かで良い所だった。川はきれいだし線路も現代の感覚からすると大分無防備で面白い。秘境駅の保護も村を挙げてしているみたいだから駅寝とかもしてみたい。考えるだけで楽しくなって来た。

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